2019年1月21日月曜日

基準点

命の恩人であり、基準点のような友人と定期的に会う




その人と会うと、なぜだかモヤモヤしたり、生き方を再考したくなる。それがなぜなのか、ちょっと考えてみたい。





基準点とは「地球上の位置や海面からの高さが正確に測定された電子基準点、三角点、水準点等から構成され、地図作成や各種測量の基準となるものです。」(国土地理院Webサイトより)


地図を作ったり、測量を行うには今いる場所を知る必要があるのだが、それを行うために「複数の」基準点からの相対的な位置を計測し、自分の場所を特定する。ざっくり行ってしまえば、なんの目印もない場所をA基準点から何メートル、B基準点から何メートルと示すことで自分の場所を知ることができる。


人間に関してもそのような観測は可能ではなかろうか。私は人間とは他の人間とのリレーション(関係)の中で生きていると捉えている。そのように考えた時、ある人間(人間集団)を表現するためにはその人間の周りの関係性を描くことが重要でかつ誠実な方法だと信じている。


自分がどこにいるのか知るためにも「基準点的な他者」との違いを探ることで明らかになることは多いのではないだろうか。(そればっかりしていると疲れるから毎日はしないほうがいいと思うけど)



友人とどんな時に喜びを感じるのか話し合った際、友人は作成した成果物が多くの人に閲覧され、より良い評価がなされた時に嬉しい。と語っていた。


それを聞いて、私の場合「多くの人」

には興味があんまりなく、特定の個人に必要とされる方が嬉しいのだなと思った。


私はいつもの悪い癖で、主題を曖昧にする別の話をたくさんしてしまい、友人とはあまり深くこのことについて議論できなかったが、もう少し深掘りしたかったな…



このように、友人はなんらかの基準点を与えてくれるので、そこを比較することで自分が見えてきたりもする。



モヤモヤについても考えてみよう



モヤモヤする理由はなんとなくわかった。気を許しすぎて自分の論理を相手に要求する、自分の中の論理を説明せずに相手に展開してしまう為である。



簡潔に言えば親しき仲にも礼儀あり、を忘れずにいれば、モヤモヤすることはないだろう。




例えば、私はアイロニー大好き人間であるが、自分の中でアイロニカルな表現だと思って好きな言葉であっても、説明なく会話に投入されると、相手はアイロニーとして認識できない。


国税を払うことが好き!国税を払おう!というアイロニカルな表現が個人的に気に入ってるが(皮肉なので、前提として国税とはなぜ存在せねばならんか、喜んで払っていいものなのかというディスカッションが存在する事を含意している)、道路整備のために国税を払うべきと発言してしまったらそのままの意味としてしか、相手は理解できず、私の事をニューディール政策主義者だと思ってしまうかもしれない。それは不本意である。


また、気を許しすぎていると、相手の話を聞かなくなるとういう点に関しても、後から後悔することが多い。


普段の社会生活では人の話をひたすら聞いて、パラフレーズしてなんとか生きているので、自分の事を語る機会があまりない。



気を許した友人だと、心の中に浮かんだものすべてを話してしまい、かなり支離滅裂なことになる。なので後から考えると、どう考えても自分勝手な発言だったな、相手の気分を害しただろうなと考えてしまう。


その続きとして、会話を盛り上げたいがために、人を下げる笑いを取ろうとしてしまう。そして大体そのジョークは笑えない。


あぁ罪深い。


そういう時はステレオタイプ、偏見、ラベリング、見下しを含んだ事をたくさん言ってしまう…


友人と別れた後、自分は本当にレイシストだなと落ち込む…



各種の人類に対してリスペストフルで生きていきたいのに行動が全く伴っていない…



あぁ…




基本的に僕はかなり自分勝手な人間ではあるが、上記のことを長文ラインで当事者に送ってしまうと、相手に赦しを強要するかのようで、自分勝手さが極まる気がするので、このようにブログにしてみた。




どうだっただろうか?




この方法の方がより自分勝手なんだろうか…




あぁ…メンヘラ感あるな…笑




2017年12月27日水曜日

だめだだめだだめだ

だめだだめだだめだ

マジで死ぬ


マジで書けない


マジで意味わからない


マジではてな


涙が出て部屋から出られない

2017年12月25日月曜日

2017年12月24日日曜日

良いクリスマスを

私ってマジでやな奴かもしれん・・・

”Where is the wise person? Where is the teacher of the law? Where is the philosopher of this age? Has not God made foolish the wisdom of the world?”  1Crinthians 1:20

私はそれほどまでに、みんなに優しいだろうか?この先の文章は本当に自惚れが過ぎたことだと思うけど、自分のことをまとめるために書いておきたいと思う。あんまり多くの人には読んでほしくない。と言いながらブログに書いているのは不思議すぎる。性悪なのかな。


2017年12月22日金曜日

2017年12月19日火曜日

はいはーい無理です!

ZI・BU・Nが哀れで仕方ない!!(作曲家:募集中)

何もできない、自分に甘々な、自分が最高に哀れ!

哀れすぎて泣ける!


あー自分ってかわいそう〜
(あー幸せ〜)
あー自分ってなんて不幸なんだろう
(あーなんだか落ち着くわ〜)


今日も昨日も、そのまた明日も
いつまでも自分の力が明らかになるのが怖くて手を抜いてる


そもそもやりたいことなんてないし
そもそも書きたい事なんかない


そもそも、そもそも?


あー自分ってかわいそう〜
(あー幸せ〜)
あー自分ってなんて不幸なんだろう
(あーなんだか落ち着くわ〜)


自分が哀れで流す涙ほどカッコ悪いものはない
このぬるま湯に誰か氷水をぶち込んで

2017年12月18日月曜日

銭湯はやっぱいい

銭湯に行った。
京都の銭湯はサウナが無料で入れるところが多い。サウナと水風呂に交互に入るのはやっぱり最高だ。最初の2回くらいは、ただただ熱いし、ただただ冷たい。でも3回目くらいに水風呂からサウナに入った時のあの血管が広がっていく感じがとても良い。そしてその頃から水風呂に入るのも素晴らしく感じ始める。

ああ。フィンランドのサウナが懐かしい。日本のサウナと違って、水蒸気で温めるので、蒸し暑く、湿気で充満している。肌もツヤツヤになる。

そしてサウナを出た後、雪の上を小走りに走って、凍った湖に空いた穴へダイブするあの感じ。タンペレに帰りたい・・・

湖はまじで天然なので、藻?みたいなものが足にまとわりつく。その感じもなかなか良い。泳いでいると、髪の毛が凍ってくる。そろそろサウナに戻ろう。

泳いだ後は肌の周りが引き締まっているからか、サウナを出た時よりも暖かく感じる。
本当だよ!

サウナに入ると、じわーっと血管が開く。サウナの扉をあけた者の責任として、ヒーターにロウリュ(水をかける)。
水蒸気が一気に天井まで上がり、霧雨のように、熱気が上から降りてくる。うーん息を吸うと痛い。頭を垂れる。ヒーターがちろちろとなる。

ビフタ(白樺の枝)なんかがあると最高である。あーあの香り。最高である。

もうそろそろ、疲れて来たなという頃合いでサウナを出て、マッカラ(フィンランドの魚肉ソーセージのような肉のソーセージ)と薄いビールを飲む。ああ天国。

タイツに、風を通さないズボン、厚手の靴下、ヒートテックにセーターをきて、スノーブーツを履いて、コートを着て、帽子をかぶり、手袋をして、さあ帰ろう。

息を吸うと痛いほど冷たい空気が鼻毛を凍らす。これがまた、家に入ると溶けて鼻水みたいになるんだよね。

混沌の中に光る

混沌の中に光が見える

無数に

混沌の中に光る石がない

たった一つ

混沌の中に希望が消える

とおくに

遠くのとおおくの外側に

皮が感じられる


皮はザラザラしてふわふわだ




2017年12月3日日曜日

遣る瀬無し

遣る瀬無いの意味は、デジタル大辞林によると以下のようである。

  1.  思いを晴らすすべがない。せつない。
     施すすべがない。どうしようもない。
     気持ちに余裕がない。

     今の僕の気持ちは全部です。
    ここだけの話、修士論文まだ、0文字なんです。


    まわりが二章分書いた、三章書いた、書ききったなど言っているなかこれである。
    ほんと昔から変わってない。


    遣る瀬無いに戻りますが、遣る瀬がないとはどういう意味だろうか?
    遣るは「行かせる」とか「行く」という意味ですよね。古語的にも現代的にも。乗り物を行かせるという意味もありますよね。
    瀬とは辞書を開くと、川などで徒歩で渡れるところ、渡るための狭い所、転じて時や
    場所の意味とあります。

    なるほど、舟などに乗っていてそれを着ける場所がなく、どうしようもない感じなのでしょうか

    まさに、そんな感じです。どんどん月日は流れて行くのにどこに着岸(着眼)すればいいのかわからない・・・



2017年9月4日月曜日

バンコク、スワンナプーム空港での他社乗り継ぎ 

昨年、中国東方航空からエチオピア航空に乗り継いだことについて書いておきたいと思います。

結論から言うと、問題なく乗り継げます。


中国東方航空は日本から上海経由バンコク行きのチケットしか発券されず、エチオピア航空のチケットはバンコクで発券するよう日本の空港で言われて飛び立ちました。


時間的にタイに入国できないし、ということは荷物も受け取らないので、どうすればよいのかとても不安でした。


スワンナプームの国際線乗り継ぎの表示に従い進むと、手荷物検査のところにやって来ました…こういうことは乗り継ぎの空港でよくあるのですが、本当にここを通っていいのか不安だったので係員に聞くと、わかってないのかわかってるのかよくわからない返答…とりあえず通れとジェスチャーされたので、とりあえず通りました…


通った先はいわゆる搭乗口や免税店が並ぶエリア。さあ、どこで発券するんだ…



うろうろしていると、交差点のような十字路に航空会社カウンターと書いた表示がありました。確かカウンターは二ヵ所くらいに別れており、どちらに目的の航空会社のものがあるかは電子掲示板に表示されています。


で、表示された場所のカウンターに行ったのですが、エチオピア航空の人は居ません…なぜだろう搭乗二時間前きっかりじゃないと来ないのかな…としばらく待ち、二時間前になりましたが未だにオープンしません。さすがに誰かに聞こうと周りを見渡すと、なんと!真後ろにもカウンターがあったのです…まじか…同じエリアに二つの別れたカウンターあるのかよ…


そこではエチオピア人らしき人がチェックインしているところで、その人の後ろに並びました。


自分の番になり、Eチケットとパスポートを提示すると、「これどうする??」みたいな話をカウンターの人がタイ語で始めました…ん?なんか問題が…?担当者がかわり、その担当者が方々に電話や無線をします…なんだなんだ…


預けた荷物をどうやってエチオピア航空の飛行機に載せるのか話しているようでした。「あなたの荷物の新しいタグは搭乗口で私が渡すから忘れないでね!」と言われ搭乗券を受けとりました。


大丈夫かな…と思いつつも、時間あるのでカオマンガイとソムタムを食べておくことにします…美味しかったが高かった…


ちょっと欲が出て、タイティー買ってたら搭乗時間になったので走って搭乗口へ


これ、走らなくて良かったやつやと搭乗口について何となく悟ります。はい、遅延です。


そういえば、荷物のタグは…とそわそわ搭乗口付近に座っていると、チェックインの時のグランドスタッフの方が!新しい荷物のクレームタグを貰い、無事バンコク発アディスアベバ行きの飛行機に乗りました。


これ、一年一ヶ月前の出来事…まだ私がブンナカラとブンナの違いも知らない頃…

2017年9月3日日曜日

夢を見た。

最初は馬の夢。馬にすごく上手く乗ってた。馬に乗りたい欲が最高潮に達してるんだと思う。ホストブラザーに頼めば馬乗れるらしいけど、調査と関係ないから悩むところ…牛を撫でて気をまぎらわす。私ってこんなに動物好きだっけ?


次に見た夢は、女が家の扉を叩いて、開けろと叫んでいる。怖い。よくよく聞くと、食糧を分けろと叫んでいる。あんたが困ってるときインジェラをあげたんだから、今度はそっちが私に恵みなさい!何故か断固として渡さない私。あなたにインジェラをあげる筋合いはない!と返す。扉を叩く音がマックスになったとき、犬の鳴き声で目覚めた。


ばうわう!


起きて外に出ると、家族みんなが起き出しており、騒々しい。どうやら子犬が食糧庫に入ったようだ。どうせ食べ物無いし、明日の朝出そうということになって一同解散。



時計は4:00を指している。



朝、起きてみると、子犬が三びき居た。どこからやって来たのだろう。人間を警戒しているが帰るそぶりがない。三びき固まって寝ている。

2017年8月31日木曜日

一人でいるのは難しい

どうすればいいかわからず、近所を二周した。本当はフォーマルクエスチョンとかの準備がしてあって聞きに行かなきゃいけないのだけど、なんかできなくて、ぶらぶらした。

近所を二周すると同じところを二回通るので、さすがに髪を結うご婦人方に怪訝な目で見られた。なので、一人で落ち着けそうな場所を探すが、見つからない…


村のどこに行っても「ファレンジ!」(外国人)と叫ばれるし、そうでなくても「どこにいくの?」と聞かれる。


無視されたり、じっと無言で見つめられるよりずっとありがたいが、都市的な無関心の心地よさに馴れた自分にはいささか疲れる時がある。そういえば、中高生の時近所の人に妙に過敏になってたなと思い出す。近所のいつも挨拶してくれるおばちゃんに会わないように道を変えたりしてた…今なら挨拶できるけどあの頃はなぜ嫌だったんだろ…


話をエチオピアに戻すと、この辺りでは一人でいるのが難しい。近所の茶屋(シャイベット)にいくと、暇な成人未婚男性(ゴロムサ)に絡まれて面倒だし。かといって森や公園のようなpublicな空地は探してみるとなかなか無い!結局落ち着いたのが家の裏の建設中の建物の軒下だ。

家の裏にいても、家の人からの何で男なのに家にいるんだろうという目線を感じる。まあ、外国人は変だなと思ってて!と心のなかで呟く。



「夕方に家にいるのは良くない」と言われて、家の男達に連れ出されることがよくある。特にすることがあるわけではないので、ビール屋に行ってアルコールフリー穀物ドリンク(ホストファミリーは厳格なプロテスタントだからお酒は飲まない)を二、三時間飲んだり、知り合いのスーク(キオスク)でテレビを見たりするだけなのだが。


ともかく、今日はとても一人で座ってるのによい天気だ。雨上がりの空は高く青く、薄く細やかな鱗雲がたなびき、涼しい風が時折、ふっおっ、と吹く。遠くの低地には積乱雲が見え、今夜の雨を予感させる。


喧嘩もなく、村は静かで、平和である。おっと娘が薪(たきぎ)を拾いに来た、それではごきげんよう。

2017年8月29日火曜日

水浴び

水浴びについて。パンツは諸説ありますがここでは下着を指します。

今回は井戸水(もしくは貯め置き雨水)とたらいを使った水浴びについて書きます。川が近くにある人はそこで体を洗えるからいいですね。


たらいにできるだけ多目の水を汲みます。あ、でも運べるくらいにしておきましょう。たらいを物陰に移動させます。人前でショーのように水を浴びたい人は道の真ん中などに持っていくといいと思います。


僕はいつもバナナの木が密集してる家の前庭で水浴びします。低めのバナナの木はちょうどいい高さで脱いだ服を引っかけられるのです。


乾いたたらいに、大きめの布(バスタオル可)、吸水性のよい布、替えの下着、靴下、水を汲む柄杓、石鹸を詰めます。

裸足にサンダルなどを穿き、乾いたたらいを持ち、先程のたらいの場所にいきます。


体を洗うのによい場所は、水捌けがよい、もしくは地面に傾斜がついている場所です。傾斜がなければ穴を掘ってもいいと思います。


服を脱ぎます。上半身から脱ぎ、順番にバナナの木に挟み込むとよいです。ズボンが一番上に来るようにします。諸説ありますがズボンとは下着の上にはく筒状の衣服のことを指します。


パンツは履いたまま水浴びします。一つのポイントですね。少し体を湿らせないと石鹸がアレしないので、柄杓で適当に湿らせます。



石鹸を身体中に塗りたくります。その後、柄杓の水で流します。右肩など石鹸が残りやすいので、注意して落とします。


一番のコツは、パンツ周辺の洗い方なのですが、よくよく考えたら書けないので、各自試してください。


上半身を吸水性のよい布でさっと拭き、腰に大きな布を巻きます。


速やかにパンツを脱ぎ、足など下半身を吸水性のよい布で拭き、新しいパンツをはきます。ここで一段落です。疲れましたね。


人間は服を着ないと比較的寒さに弱いので、上半身にも服を着させます。ズボンもはきます。この際、ズボンの中の携帯などを落とさないよう気をつけてください。僕は今朝落としました。



ズボンをはいたら、大きな布は不要なので首にでもかけましょう。


そろそろ吸水性の落ちかけてる布をつかい足を拭きます。片足拭き、足をあげたまま靴下を履きます。洗い場から部屋に行くまでの道が砂っぽいので、せっかく洗った足を汚さないよう、ここで靴下を履きます。まあでも好みなんでどっちでもよいです。


荷物を乾いたたらいに回収し、部屋に戻ります。


身体を洗うことができました。毛穴が開いてこの世とは思えないくらい爽快な気分です。


私は彼岸にいるのでしょうか。


それではごきげんよう。

2017年8月24日木曜日

やっぱり雨が好き

今日は久しぶりに朝から雨が降っている、家の増築のため大工さんが来ているが、彼らも軒先に雨宿りしている。私もホストファザーも家のなかで朝のブンナをする。

ブンナとはアムハラ語でコーヒーという意味だけど、この辺りでは食事の事を指すことが多い。ちなみに飲み物はショホラというコーヒーの実の飲み物なのでブンナすら飲んでいない。コーヒーの木から出来たものには変わり無いが…


雨の日が好きなのはなぜだろう。家の中に入らざるを得ず、話をしたり、暇潰しをする時間が好きなのかもしれない。

普段の労働や仕事の手を止め、佇まなければならない状況。

家の中から激しい雨を見る、少しの不安と安心感。

いや、ただ水が好きなのかもしれない。子供の頃は長靴をはいて雨のなかを歩くのが好きだった。

キャンプのとき、雨でびしょびしょになるのも好きだったな。大変だったけど。


大雨が降ると今でも興奮して寝れないことがある。子供みたいだなぁ。



雨が降っている。

2017年8月20日日曜日

フィールドに体が適応してきた?

フィールドに本格的に入って、ほぼほぼ2ヶ月になった。からだや味覚がようやく馴染んできたのかも…と感じる。

首都に飛行機で降り立ったときは、日本にいた時、同様毎日体を洗っていたが、最近は二、三週間洗わなくても体が痒くならなくなった。

下手に高い頻度で水浴びをすると、周りの人の臭いが妙に気になる。自分もあまり水浴びをしないでおくと、そんなに周りの人の臭いは気にならない。あまりにも自分が臭いときにそろそろ水浴びようかなという感じだ。

味覚に関しても、慣れてきたのか、研ぎ澄まされてきたのか、塩加減と上手い不味いがわかるようになってきた。前回はどの料理も、とうもろこしと高菜で構成されていて代わり映えしないなと感じていたが、今は同じ素材でも、違いがわかるようになった。例えば、今日は玉ねぎが二割くらい多いなとか、唐辛子から良く味が出ているな、等々。

先週、街のホテルでパソコン仕事をしながら紅茶を頼んだ。日本なら飲物に砂糖など入れたことなかったが、なにも考えず砂糖を山盛三杯入れていて自分の行動に驚いた。

エチオピアで紅茶というと、煮出した紅茶に飽和状態まで砂糖を溶かした激甘の飲み物を指す。私のすんでいるところは比較的物質的に豊かな、街よりの村なので、コーヒーなどの毎日の飲み物にも毎回大量の砂糖を使う。去年は砂糖を入れないでとリクエストしたりしていたが(そんなことを言うと大体変な顔をされる。砂糖要らないとか正気?みたいな)、今回はリクエストするのも面倒になってしまい、そのまま毎日激甘の飲み物を飲んでいる。

その味に慣れてしまったのか、ホテルで自分で砂糖を調節できるのに、無意識のうちに大量の砂糖を投入していて驚いたのである。

甘くないと紅茶を飲んだ気がしないと思うくらいになっている…

人間は本当に環境に適応力のある生き物だなぁと感心している。

2017年8月18日金曜日

子供の葬式

近所のスーク(日用品が色々と売られているキオスクのようなところ)の息子(3歳くらいか?)が亡くなり、埋葬に参列して来た。

ちょうど私が熱で寝込んでいた時期に病院に行ったりしていたそうだ。病院でもらった薬を家で飲んでいたが、うまく効かなかったのか、そのまま自宅で亡くなったそうだ。


その子供はスークに買い物に行くと、いつも付きまとって来た子供だった。「アッシャーム、アッシャーム、サラームノ、サラームノ」(アリ語とアムハラ語で元気か?)

一応返事はしていたが、鬱陶しく思い、返事しないこともあった。子供への扱いはそんなものである。


ただ、亡くなったと聞くと、やはり驚く。明日から買い物に行ってもつきまとわれないのか・・・と。驚くけどそんなに悲しいとは思えない。人は生まれたら死ぬものだから。我ながら、血も涙も無い奴だ。


葬儀での母親の反応はとても激しかった。泣き(周囲の人々の儀礼的な泣きとは少し違う感じ)、叫び、棺にしがみつく。最終的には親戚の男たちになだめられ、無理やり車の助手席にのり、埋葬場所に向かった。

埋葬場所に向かう、車の後ろを100人以上の参列者(多くは同じ村の人)がついていく。道は人で埋め尽くされ、一時的に通行ができない状態になる。

埋葬場所にたどり着いたが、人だかりで何が行われているのかはわからない。牧師が何か祈りのようなものを唱え、会衆が「アーメン」と答える。

ほどなくして、ホストブラザーに「いくよ」と言われたので、その場を去ることにする。




これはここ十年くらいの悩み(?)なのだが、人の死をそこまで重く捉えることができない。十年前の祖父の死も、五年前の父の死もただそこにある事実として受け止めるだけで特別悲しいとか、喪失感に苛まれるとかいうことは起きなかった。死は突然起きるように思えるが常にそこにあると僕は感じている。生きているとは死んでいることと密接に関わっている。

死に対する特別視のなさは、まあ仕方ないかと諦めているので特には悩んではいないのだが。それで社会的には大丈夫か?と思うことはある。でもエチオピアで何度か葬儀に参加し、儀礼的泣きを目撃すると心の中は別にそれでいいのかなともちょっと思う。


以前、ホストファザーに連れられ遠くの山へ葬儀に行った時、直前まで冗談混じりで話していたホストファザーが、葬儀の家の門を通った途端大声で泣き始めたのである。後に続く妻や息子も同じように続く。門を跨いだその瞬間にである。もちろん門の内側の人には直前まで泣いていないことはわかると思う。悲しくて泣いている、のかもしれないが、門を跨いだ瞬間に泣かなければならないというノーム(規範)を強く感じた。


悲しくても悲しくなくてもとにかく泣くのだ。泣くことが重要なのである。


そこから、僕は死を悲しまなければならないという謎の呪縛から少し自分を客観視できるようになったと思う。死を悲しく思ったりおもわなかったりすることは、社会的にはあんまり重要でないのでは?むしろ泣いたり、弔意を伝えるという「行為」を行うことが重要なのである。


今朝スークの前を通ると、白い幕に囲われたエーフィエヤ(葬儀小屋)が建ってた。あの中で近親者は弔問客を迎え、三日三晩寝ずの番をする。今日も葬儀は続く。

2017年8月5日土曜日

「めっちゃセクシズムじゃん」

「めっちゃセクシズムじゃん」


ここ(エチオピアの村)で行われていることを特になにも考えずにチャットで伝えたら、上記のようにコメントされ驚いた。でも、よくよく考えれば確かにそうだ…


そのとき伝えたこととは、女性や子供は基本的に同じ皿から食べ物を食べないし、調理や配膳は女性の仕事だということ。例外として、誰もお客さんが来る予定もなく、家族だけの食事は、妻だけ夫や私と同じ皿から食べ物を食べることもある。


普段は夫(家主)と客である私は椅子に座りテーブルの上の皿から食べ物を食べるのに対して、女性(妻や嫁)や子供たちは地べたに座り、地べたに置いた皿から食べ物を食べる。食べ物の分配も常にテーブル組が優先され、女性や子供は後回しだ。


最初こそ驚いたが、一ヶ月という時間が経つうちに慣れてしまい、僕にとっても普通の事になっていたのだ。だからセクシズムじゃん!と言われて驚いたのだ。



初めてその光景を目にしたとき、「地面で食べるとはなんと屈辱的」と思った。ただ最近は地面で和気あいあいと食べる方が楽しそうと思うことが多い。普段の食事でテーブルで食べることが許されているのはホストファザーである夫と私だけなので、どちらかが居なくなると一人だけテーブルで食べることとなる。一人テーブルでご飯食べながら、地べたで楽しそうにご飯を食べている様子を見るのはなんだか寂しい。それはホストファザーも感じているようで、ホストファザーが遅く帰ってくると、たとえ僕が先にご飯を食べ終わっていたとしても「一緒に食べよう」と言われ、二回目の食事をすることが多々ある。


子供の中でも年齢の差より性差の方が優先的に考慮される。つまり3歳の男の子供は12歳の女の子供よりも優先される。3歳の男の子供が姉に命令するのに驚いたのだが、そのことに驚くほど自分が年功序列的な価値観を身に付けていることに対して二重に驚いた。


階級、身分による差別って、こういうことか!とふと思う。そして「屈辱的」と感じたのはどこの誰なんだろうとも、ふと思う。


今一度、日本の私の周りの環境から真っ直ぐにまなざすと、なるほど確かに、この状況はセクシズムなんだろう。日本での僕は女性差別には反対の立場である。

かといって、僕が進んで地べたで食べたり、大きいテーブルを買ってきて全員着席することを求めることを、やりたいとは思わない。というかやるべきではないだろう。私が考える「正しいこと」を実践することは、彼らが女性と、男性を差別することよりも暴力的だと思ってしまう。


暴力的だと感じるのは私が外国人だからなのか、人類学の調査者だからなのか、男性だと社会に認められているからなのか、それらすべてによってなのか。



そんなことを考えるのは、彼らの知恵、文化、技術、価値観、を学ばせてもらいに来ているのだから、謙虚にあろうとする模範的学生としてのポーズなんだろうか。


わからない。難しい。


そんなこんなで、結局今日も肘掛けつきの椅子に座っている。

2017年7月12日水曜日

ここではないどこかに

それはどこ?

ここは

なぜ

ここなの?



どこかが、あるから

ここ

なのではないの?

2017年7月5日水曜日

問題意識がない

問題意識がないことが私の人生の課題なのだが、この事を芸にできないだろうか?

と結構ずっと考えてる

2017年6月12日月曜日

くるしみ

胸がこんなにも締め付けられるのはなぜだろう。

本当に胸のあたりの宇宙が小さく小さく、折りたたまれてしまったような気持ち。


いつから、感情に、なぜを問うようになったのだろう


感情はいつからここにあるんだろう。


あの松林で、できるだけ遠くに投げたあの白い粉


ただ単なる白い粉。



松林の向こう側の海で、水と溶け合った、白い粉



悲しくなんかないのに、流れた涙



嬉しくなんかないのに、笑ったあの時




いつでも正直で、水が流れるように、存在できたらなぁ




なぜ理由をつけてまで、地面の上に私たちは立っていなければならないのだろう




なぜ僕はなぜと問わねばならんのだろう



なぜ生きている状態と死んでいる状態があるんだろう




なぜ水は流れていくのだろう。

2017年5月31日水曜日

Googleのザハハディド

今日のグーグルはザハハディドを祝ってた。


誕生日でもないし、どういう日なのだろうと調べてみると、2004年5月31日(つまり今日)女性として初めてプリツカー賞を受賞したそうだ。ソースはアルジャジーラ

Zaha Hadid: The only woman who won the Royal Gold Medal http://www.aljazeera.com/news/2017/05/zaha-hadid-woman-reshaped-modern-architecture-170530200456379.html

日本語でザハハディドについて調べると、磯崎新の1年前のコメントが結構上の方に上がってくる。

「<建築>が暗殺された」磯崎新さん、ザハ・ハディドへの想い綴るhttps://www.buzzfeed.com/jp/daichi/isozaki-note-for-zaha?utm_term=.oiV2aaDdg#.pylkjj9Oy

ほんとうに日本が当初の案を建設できなかったのは残念だなぁと思う…いまだに悔しい。

あの頃からおかしな日本の構造は表面化していたのだなと思う。

土岐麻子を聞く


最近、友達に教わった土岐麻子をよく聞いている。

アルバム PINK
https://open.spotify.com/album/6nws9VsVysrP1DvIjnBSyD


ちょっと昔っぽい曲だけど、妙に落ち着く。
歌詞はムカつくほど、表面的なんだけど、なんかそれでいい。

そしてPVかわいい
BOYフロム世田谷

2017年5月24日水曜日

2017年5月22日月曜日

網の中にくるまっているだけでは





網の中にくるまっているだけでは、自分が何者だかわからない。


網はくるまるものではなく、投げるものである



私の舟はどの方向に向かっているのだろうか




目印のない海を漂い続け、だいぶ時を経た




ここはどこ?

2017年5月2日火曜日

今日から変えよう。今日から変わろう。

あえてキモいタイトルをつけてみた。自己啓発本みたいだけど、真剣に自己啓発が必要な状態の私である。


これから研究室に戻って、モリモリと論文を書く予定である。


赤裸々に書いてしまえば、まだ論文は1000文字を切ったところだ。「初めに」しか書いてない 締め切りは一か月以上過ぎていて、渡航しようと思っていた5月になってしまったのにチケットや渡航準備が全くできていない。

どうしてなんでこんなことをしているのか自分でもわからない。

わからないといって言い訳をしているだけのような気がする。
自分の手から生まれおちる、つまらなくて、意味もなくて、意義もない文字の塊を批判されることを恐れて何も書けないままなだけなのである。


本当につまらない自意識だ



きっとそうなんだろう。




そんなことをいくら思っても仕方ないので、泣きながら、つまらないものを一つ書こうと思う。




一か月いや二か月?もじもじしてようやくそんな風に思えた。本当にコストパフォーマンスが悪い。というか、自分をコントロールできていないのだと思う。自分をどうやってコントロールしていたっけ?今までできたことがあるんだろうかと真剣に考えてみる。


大体人もしくは金に頼って、モチベーションを上げてきたと思う。

高校受験の時は、受験直前(確か夏休みあと?)にさすがにこれはやばいと思い、親に頼んで塾に入れてもらった。 何とか滑り込みで合格。

高校時代は算数ができなかったのに、滑り込みで合格してしまったがゆえに数学でとてつもなく落ちこぼれに。理系クラスだったのに。だから算数ドリルとか買ってみたけど、自分だと続かないので、齢17歳にして公文式デビュー

まあ、結局理系はあきらめて、高校三年生で文転。
アメリカの大学に行く夢を追いかけTOEFLを受けるが惨敗。こりゃだめだとなり、国内の大学を受けることに。第一志望だった大学の英語の科目が TOEFLそっくりだったので、高校時代に通ってたインターナショナルスクールの夜間部の先生に頼んで対策をしてもらう。(絶対その先生はつまらなかったと思うけど笑)

またまた滑り込みで大学へ。
大学院に入るときも一緒で、試験対策はじめたのは2ヶ月前。学部の指導教官に「時間無いから、ヌアー族精読したらいいよ」と的確なアドバイスをうけ、ひたすらそれをする。そしたらまたまた滑り込みで大学院へ

こうして振り返ると見事な滑り込み人生である。
そして教育にしこたまお金をかけてる。ありがとう両親。


たぶんこれからは自分で自分をコントロールしなきゃいけないんだろう。


2017年4月14日金曜日

誰かに怒られないと何もできないないなんて、ほんとうにカスでしかない。でも、今してることって所詮その程度のこと(自分にとってそこまで大切じゃないこと。あ言ってしまった)なのかもしれない。でもここまで来てしまったのだから、どうにかこうにか形にはしなくてはいけないのであるし、自分のためにもやったほうがいいとおもう。

2017年4月12日水曜日

思い出したこと

小学校の歴史クラブメンバーだった頃。小学校高学年のとき、土曜日だったかな?に週一回だけ行うクラブ活動の時間というものがあった。バレーとかスポーツ各種、茶道、生花など習い事っぽいことなどいろいろあった。どれも学校の先生ではない地域の人々を講師に招き、行っていた。多分地域と学校の交流活動みたいな位置づけだったのだろう。そこでなぜか僕は歴史クラブを選んですごく楽しかったことを、河川敷を歩いていると思い出した。



いま考えると、不思議な人々が集まっていた。他のクラブ活動は十数人いる大所帯なのだが、歴史クラブ員は僕1人だけだったとおもう。3人だったような気もするのだがうまく思い出せない。とりあえず、熱心な部員は僕だけだった。

そして顧問の先生は算数を主に教えていた、おばさん教員、後藤先生である。この先生は1mlを教えるために出してきたティースプーンを「後藤先生の小さな魔法のスプーン」とよんでいたり、「後藤先生のおならはバラの香りよ」といっていた。まあ小学生に人気が出そうな先生である。僕も好きだった。算数は結局好きにならなかったけど…

そして地域から招待されたのが、街で営業しているのか不安になる小さな食料品店を営む森田さんである。森田さんは夫婦ともに熱い共産党員で、いま思えば街の人からはちょっと白い目で見られていたように思う。そうここは自民党王国北陸だから。森田さんは当時すでに70歳くらいのおじいさんで、すごくカリガリに痩せていた。食料品店の奥の座敷には日本人形とか各地のペナントがごちゃまぜに飾られ、後藤先生と僕が座るといっぱいいっぱいだった。

森田さんの歴史クラブは凄まじく濃く、素晴らしいフィールドワークだった。毎回まず行く場所が決まっている。それは地元の神社や、弥生時代や古墳時代の遺跡、道に建てられた碑の類などである。その行く場所に関わる古文書が引用された資料を森田さんは毎回作ってきた。そのプリントの解説を学校で聞いたのち、森田さんの所有する、スズキの2ドア軽自動車でフィールドへ向かう。

遺跡は田んぼの真ん中の何にもない所だったりするので、車がやたら揺れるのである。酔いそう・・・と思った頃に到着する。古墳といっても今ではただの山、でも登ってみると市内が一望できたりして、感動した記憶がある。森田さんは古文書や木簡の類を引き合いに出しながら、考古学的にどんな豪族がこの地を治めていたのかを解説してくれた。この地域が地形的な理由から穀倉地帯だったこと、大和豪族との婚姻関係、古墳時代の豪族は見晴らしのいい所に墓を作ったなどなど。また弥生時代と古墳時代の集住の仕方の違いなども実際の地形を見ながら学んだ。大学時代に日本考古学の授業を取った際、全く同じ解説を同じように受けて大変驚いた。森田さんは大学レベルのことを小学生に行っていたのである。

森田さんの歴史は古墳時代にとどまらない。神社には牛の像があったのだが、その牛の像から、菅原道真の話、その子孫を名乗った前田家の話などがつらつらと述べられるのある。ただ結論は、なぜこの神社にこの牛があるのかわからないというものであった。なぜなら、天神社でもないし、前田氏と関わりのある神社でもないためだ。寄贈者の村人の名前はあるがなぜ牛の像を奉納したのかはわからないと森田さんは結論付けていた。わからないという結論でいいのか!と感銘を受けた記憶がある。

また、ある日は線路沿いに建つ碑と廃線跡を探しに行ったりもした。その碑は北陸本線建設のために亡くなった方々を供養した碑で、もう朽ちかかっていた。その付近には建設省とかろうじて読める石が転がっており、建設時の引き込み線の廃線跡だとわかった。そこでもその時代なぜ北陸本線が建設されたのか、どのくらい困難な工事だったのかなど文献を参照しながら、菜の花の揺れるあぜ道で講義が行われた。

そういったフィールドワークからもどると、森田さんの家に招待され、陰気な奥さんからお茶をいただいた。(奥さんのことは苦手だった。森田さんと違って狂信的に共産党を勧めてくるから)お茶をいただきながら聞いたことでいまでも覚えているのは、「報道は必ず誰かの目線で書かれたものだから、真実を知りたければ、現場に行き、自分の目で見て耳で聞かなければいけない」と言っていたことだ。実際森田さんは万景峰号が来航したとき新潟まで見に行ったそうだ。きっと、その精神から歴史クラブの活動はフィールドワーク中心だったのだと思う。


いま振り返れば、小学校で一番楽しかったのはこの歴史クラブの活動かもしれない。そしていま人類学という学問をやっている原点はここにあるような気がする。僕の身体に森田さんの言葉が残っているのかもしれない。













(人名は仮名です)


2017年4月8日土曜日

不眠と異国感

男は目を覚ます。時計の針は4時を指している。外は薄ら明るくて、男には明け方なのか夕方なのかわからなかった。とりあえず起きてみると雨音が聞こえる。かなりひどい雨だ。昨晩はうまく寝つけず、明け方まで起きていたように思うから、きっとこれは夕方なんだろう。

雨が降り続く。男の部屋は木造二階建ての二階で、広さは大体京間の6畳。ベッドを置いているから実質4畳半くらいといったところか。長屋のような、その建物は築100年
を超えていて、趣き深い(古い)。いつもなら朝の鶏の鳴き声(うるさい)で目覚めるのだが、ここ一週間ほど眠れないので、鳥の声を合図に気を失うといった具合だ。

半分寝ぼけながらシャワーを浴びると何か食べなくてはいけない気がしてくる。外に出よう。その辺に落ちている黒いスラックスをはき、暗い臙脂色のボタンダウンを着る。暖かくなってきたのに、暗いなと思い、明るい空色のオックスフォードシャツに変える。

外に出てみると新入生歓迎会(新歓)の季節だからか20人くらいのヒトの群れが歩道の東大路のあちこちに発生している。雨で灯り始めた街燈が霞む。体は朝、寝起きなのに世間は真っ暗で不思議な感覚だ。そう、時差ボケみたいだなと感じる。なんだか寝起きでフアッとしたまま深夜の空港を出て、連絡バスに乗り、中央駅につき、見知らぬ街のしっとり濡れた石畳の上を、宿が見つかるかなと不安に思いながら歩くあの感じ。僕にとっては深夜にフランクフルトに降り立ち、ルクセンブルクの町に向かう小さなバスに乗り込み、終点の駅で降りたはいいが、止まる予定のホステルの場所がわからない。あの何とも言えない体の疲労と、時差とがあいまった異国感を毎日住む町で味わった。不眠のおかげで。


人によって遠くに来たなと感じる部分はそれぞれだと思う。言語、人間の顔、食事、気候、雰囲気…でも僕にとっては、「時差感」とでもいうべき身体の浮遊感、まるで昨日に身体だけを置いてきて、脳みそだけここにある感じ...こそが、遠くに来たなと感じさせるんだと思う。

2017年4月2日日曜日

体温

温度に敏感になれる寒い季節が好きだ。

とくに体温は人間がそこにある、いるということを言葉なしに教えてくれる

体温が伝わることは一番の承認だったりもする

そしてある種の暴力、抗いがたい力の表象としての体温も


なるほどこうふわっとした抽象的なことを書いても伝わってないような気がする



2017年3月5日日曜日

全てはあいまいさと矛盾の中に

この気持ちを言葉にしたいと富に願う

しかしながら、言葉にしてしまえば、その気持ちが本当ではなかったように思う

この形を言葉にしようと試みる
しかしながら、言葉にしてしまえば、その形を完全に表現していないように感じる


ずっとかくれんぼしていたい。でも隠れたまんまでは本当に忘れ去られてしまう。
そして自分さえもかくれんぼしてた事を忘れてしまうのかもしれない。それはそれで幸せなのだろうか。


この人間と誠実に接したいと考える
しかしながら、その場しのぎの保身を試みてしまう。


嘘が嘘で嘘を覆っていく。真実が真実で真実を削っていく。その先にある形は何?
それは嘘?真実?それともその間の何か?



本当の事を話しつづけるのは難しい。本当の話は面白おかしくないから。
でも本当の事を話して面白い事がいいことなのかな。

2017年2月27日月曜日

時間が早すぎる

この一ヶ月本当に何もしてなくて、何もできてなくて、いろいろとチャンスをミスしてて、何にもうまくいってないように見えて、でもそれって自分がまったく何も努力していないだけで、でも何を努力するのかわかんなくて、そんなことは言い訳に過ぎなくて、多分目の前にあることを、目の前にある本を読めばいいだけだと思うのだけど、いろいろとだめで、だめって言って逃げてるだけで、本当に意味わかんなくて。

2017年2月19日日曜日

ああ

携帯を北海道の雪山においてきてしまった・・・

探したけどパウダースノーすぎて見つからなかった・・・


春になったら迎えに行こうかな・・・



もうすぐ電池が切れて、現在地情報もわからなくなるでしょう・・



なんか携帯を看取る気分だわ・・・

2017年2月11日土曜日

このblog

実はこのblog、高校生の時からやってるんだが、どうしてこうも無駄なことを公共空間に垂れ流すのがこんなにも好きなんだろう…

2017年2月10日金曜日

私の周りで悩んでいる人



 かなわないというエッセイを読んだ。
私の周りで悩んでいる人の多くの人が陥っている困難に、筆者も面しており、その困難を少しずつ克服しようとする部分が面白かった。

224ページから始まる、漫画家の先生とのカウンセリングのようなチャットのやり取りの部分である。

筆者は漫画家とのやり取りから、自分の生きづらさや子育ての不安が、自己肯定感のなさから生まれていることに気がついていく。
そしてその自己肯定感のなさは幼少期の母娘関係から生まれたと漫画家は分析していく。この世にいていいんだという根本的な自己に対する肯定感を母親から得られなかったのだと。


「自分を愛するように、他者を愛する」という言葉が本の中にあった気がする。


よく聞く言葉だけど初めて実感を伴っって理解できた気がする。

本ではインナーチャイルドによる自分の幼少期の振り返りなど興味深い(カウンセリング業界では当たり前なのかも)事象があるんだけど、まあいいです。


職業でもある自分の写真作品の良さが、最近、わからなくなってきた筆者を漫画家が諭して、
「あなたのよさはあなたが知っています。…あなたは自分の写真を全く信じていないので、コンテストや偉い人の評価がよければいい写真だ!とおもい、ダメ出しされればダメなんだ!と思うようなもんです。評価が低くてもいいものはいい!そうこっそり思ってることが自信です。…あなたは目の前の人が喜ぶ写真だけに価値があるんだといってるわけです。」

あーそうですね。

自信か…

私はそれなりに自己肯定感があるほうだと思うが、すぐに他人や情報に影響される。そして目の前の人を喜ばせようとして二枚舌のようなことをしてしまったりもする。


2017年1月26日木曜日

気にしないことは軽視していること?

私が最近、ある質問された時に
「私は気にしないよ」と軽い気持ちで言ってしまい、あ、これってよくないかも?とふと感じることが度々あった。

I don't mind(かまいませんよ)  とI don't care(どうでもいいよ)を注意して使わなければと思った、と言えば良いだろうか。

つまり、私の言い方では相手が「どうでもいいよ」と聞こえてしまったかも、と恐怖を感じたのである。私自身もその事柄を尊重してはいるのだが、「ある意味」どうでもいいことだと常々感じているのでつい、食い気味に「私は気にしないよ」と即答してしまい、なんか感じ悪かったなと思ったのである。

 抽象的に書いていると大変分かりにくいので、個人がわからない程度に具体的に書いておこう。というか以下のような場面に3度くらい直面していて、どれもそういう対応してしまったのでなんか個人的に腑が落ちないのである。



ゲイの友人に「そういえば俺ゲイなんだけど」と言われた時である。つまりカミングアウトされた時ってことかな?

個人的な心情を詳しく描写すれば、友人のことはゲイでもそうでなくても友人だし。個人的にも異性愛至上主義者ではない、のでそういう本質的な次元においても相手がどんな対象を性的に嗜好してもOKと思ってる。

ここまで書くとまた、「あやしいな」と思ってしまう。 なんだ「OKと思ってる」って。
 とんだ偉い奴だなお前は。

BTW
自分があまりに気にしていない事柄(相手のsexual orientation)に対して食い気味に「僕はどっちでもかまわないよ」といってしまった事に後悔している。なぜなら相手にとってはその問題が(カミングアウトするか否か)とても重要で大事な判断だったかもしれないから。

ここまで書いて言い訳みたいな事を書いておくと、私はマジョリティーの中にいる無関心で無知なマジョリティー側の人間ではないと思っている。例えば日本人がマジョリティーの世界(日本)で行きている日本人は自身の日本人性に無自覚だといったような事(日本人を異性愛に置き換えてもよい)。まあ思ってるだけだけど。

2017年1月8日日曜日

そう、それはちょうど季節のよう

そう、それはちょうど季節のよう。


春、一斉に芽吹くとき、すべてが連鎖的、加速度的に動く。



冬、世界は未だ見ぬ春のため静まりかえり、彼は一人だけ遺されたかのように感じる。



でも、確実に時は進む。


そして春が来る。

春は嫌いだ

2016年11月24日木曜日

上橋菜穂子「精霊の木」を読んで

上橋菜穂子のファンタジー処女作、精霊の木を読んだ。

1989年にこれだけ、政治的にバランスをとった植民地主義批判的な物語を、しかも物語として完成された形で書けるのはすごい!とまず思った。

読みながらずっと考えていたのはやはりアボリジニの同化政策だし、実際にオーストリアで行われた事実をもとに物語が構築されているのがとてもよくわかる。

あとがきで筆者が指摘しているように、この物語は植民地支配の結果滅ぼされた人々をヒーローとして、主人公として描いた作品である。

ただ、この物語はそんな政治性をごり押ししてくるのではなく、家族愛や思春期の青年の心の葛藤も同時に描き、エンターテイメントや文学として成立しているのである。すごい。

物語の締めくくりも妙にリアリスティック、つまり、裁判沙汰になっていき、社会がどのようにこの問題をとらえるのかを問う形で幕が降りる。

児童書に綿菓子のような甘い終わりかたを望む人にとっては、気に入らない終わりかたかも知れないけど、私にとってはすごくしっくり来る終わり方だった。

ただ一日たって考えると、

2016年11月17日木曜日

ユリシーズの瞳

どうにもやりきれなくて、映画を観た後、サルミアッキ入りのウォッカを一気に飲み干した。買ってから、もう何年も経っているせいか味が変わってる気がする。
口の中はサルミアッキ独特の刺激臭と少しのあまさで充満する。胃の奥底から食道にかけてまるで炎に焼かれているように熱い。

ウォッカが合う映画だ。




旅なんて何も得られない


でも人間は旅を続ける。


それは愛する人に、旅の話を聞かせるため



生き残ったものだけが語ることを許される。生き残ったものは常に多くの別れと共にある。人一倍数多くの。





今日はすごく文学的インプットが多い日だ。午後に三島由紀夫の「愛の処刑」を読み、あまりの生々しさに吐きそうになり、そのまま、ユリシーズの瞳を観てしまった。観てしまったというべきだと思う。3時間もあるのに。そしてこれから邦画を観に行こうとしている。本当は観に行きたくない。ユリシーズの瞳(私は「オデュッセウスのまなざし」と訳したい)の余韻や考えなければいけないことを忘れてしまいそうだから。でもなぜか、私は映画館に行ってしまう気がする。今日はそんな日だ。

2016年11月11日金曜日

人間ってうまくできてんな

宇多田ヒカルが、亡くなった母のことを歌った、「花束を君に」をやらなきゃいけないレポートを前に聞いていたら、ブログのこの記事をつい読み返した。

筆不精
https://ukihoku.blogspot.jp/2013/02/blog-post.html

これは僕の父が亡くなった時に書いた文章である。
この記事を読むと、2012年の11月に亡くなったのだなということがわかる。

不幸は蜜の味、幸せは努力 
https://ukihoku.blogspot.jp/2012/08/blog-post.html

そしてこちらは、闘病中の父に説教するつもりで書いた記事である。全く偉そうだ。いまだったらこんなこと書けない。自分も弱いことをほとほと理解したから。

はっきり言って、宇多田ヒカルのように父のことを美化して回想することは全くできないけれども、4年経って、このころの自分をようやく客観視できるようになった気がする。上の文章を見てもわかるように当時の自分は本当に荒々しく、現実を正視した気になって全く何も見えていない。

ある映画をみて、死にゆく人はどれだけ強い人でも、生きたいと願うのかもしれない。それこそが人間らしさなのかも、そして現世への愛なのかもしれないと感じた。そんな風に感じるのは僕にとってとても特殊なことだ。

今までの僕は死ぬことなんて当たり前で、特に悲しくもなければ、名残惜しくなる必要なんてないものだと、妙に達観していた。いまでも、別にいつ死んでも変わらないし、「明日君は死ぬ」と言われても粛々と受け入れられるような気がする。しかし、「愛」というものがもしあるとしたら、現実世界においてそれを感じることがあるとすれば、死んでしまうことを悲しく感じられるのかもしれないとも思う。死とはすなわち、愛せなくなることだから。


その点、上記の映画はラストシーンにおいて、死んでも人を愛し続けることが可能だということを示してくれたように思う。救いを与えたのだ。


でも、それってどうなんだろう?


さあ、あしたの発表レジュメを書かなくては。現在0ワード。





2016年11月7日月曜日

博士課程には進まないほうがいいと思う理由

最近まったく研究活動をしていない。こんな状況で修士を修了できるかさえ怪しい。
というか今のままだとできないだろう。はあ。


今一番博士課程に行ってはいけないなと思う理由の一つは、研究したいこれといったことがないからだ。

ただでさえいばらの道である研究者になろうとするなら、なにかしら譲れないもの、どうしても研究したいことがあるべきだと思うし、そういったことがなければ、続いていかないだろう。


そうだからといって、就職するのだろうか?消去法的に?それもまた違うだろう。ただ、私のしたいことというか、得意なことってなんだろう。まあ即答できるのは寝ることである。




2016年10月27日木曜日

lonely but not alone

なんのためにここにいるのか、どこに行こうとしているのか、わからない。


そんなの多分わからないんだと思う。


生きていくのって本当に孤独で、どうしようもなく悲しくて、そんなもんだね。



ゴッホは自殺して、ゴーギャンは南の果ての島で死んでしまう。



たぶん、自分の心情のせいなんだけど、ゴッホの書くゴーギャンの椅子に心をつかまれてしまった。そこに座っている人をその人を介さずに椅子だけを描く。

椅子についてはこちらを
https://g.co/kgs/iUlsqC


どう考えてもゴッホって精神というか、感覚?が、普通ではないと思う。私はとても好きなんだけど。
そんなゴッホがアルルに芸術家の桃源郷を作ろうとして、パリの友人に手紙を送るけど、反応してくれたのはゴーギャンだけだった。実際来たのもゴーギャンだけ。


私が手紙を送ったら(そんなことたぶんないけど)来てくれる人がいるのだろうか。少なくとも、手紙が送られてきたら、行く人にはなりたい。


僕は最近とても反省している。僕の方を向いて欲しいから人に対して優しくしてるんじゃなかろうか。べつにそれを反省する必要はないと思う。人間って多かれ少なかれそういうものだから。でもなぜか、罪悪感を覚えてしまうのはきっと、人に対して後ろめたいことをしているような気が常にあるから。

「友達」が多い人はすごいなと思ってしまう。私にはそんな多くの人間関係のメンテナンスはできないから。かといって少なくてもできないんだけど。


でもきっと、なんだかわからないけど、いざという時頼れるかな?と思える他人が私と繋がってくれているのは、自分勝手で自立してない私には暖かい幻想だ。


Amici in rebus adversis cognoscuntur.







最近東京に旅行するたびに、学ぶことが多い。
今回の旅行では、さまざまな友人(特にここ半年会ってなかった人)に再会したのだが、自分の傍若無人さというか、はばかりのなさというか、無遠慮さというかを実感するに至った。
みんな私と付き合ってくれてありがとうと思う。本当に泣きそうになる。arigatou
ありがとうって伝えるのが下手だ。

あと、距離をとって、時間をかけることによって熟成させることができる感情もあるのかな?と希望を得た。
行く前はすごく気が重かった。
嫌われると嫌だから?前会った時と変わっていたら嫌だから?いや違う。
自分がまた執着していることを再確認したくなかったから。


完全に執着していないか、と言われると違うんだけど、執着は薄まっていくのかもしれないと感じることができた。そして、前回の斜陽を読んでも思ったことだけど、私が愛と勘違いしていたものは愛ではないのかもしれない。というか多分違う。


それはただの執着。


母の子への愛のようなものも実は執着とないまぜになってしまっていることがあるのではないだろうか?
だから苦しむ親子もいるような気がする。本題とはそれるが。
しかしながら、執着とは良い風に解釈すれば、「情熱」なのかもしれない。

2016年10月23日日曜日

最近ゴロゴロしすぎた

のでがんばりますうこれから。
そうこれから


2016年10月19日水曜日

初心とは

初心忘るるべからずとはよく言ったものだ。
今、自分はなにがしたいのだろう
ということで恒例、自分の昔のblogを読んでみよう!恥ずかしいを通りすぎて面白い投稿だったのでシェアするね。
以下自分のblogから引用

2016年10月13日木曜日

東京旅行で感じたこと

最近東京に旅行するたびに、学ぶことが多い。
今回の旅行では、さまざまな友人(特にここ半年会ってなかった人)に再会したのだが、自分の傍若無人さというか、はばかりのなさというか、無遠慮さというかを実感するに至った。

みんな私と付き合ってくれてありがとうと思う。本当に泣きそうになる。arigatou
ありがとうって伝えるのが下手だ。



あと、距離をとって、時間をかけることによって熟成させることができる感情もあるのかな?と希望を得た。

会いに行く前はすごく気が重かった。

嫌われると嫌だから?前会った時と変わっていたら嫌だから?いや違う。

自分がまた執着していることを再確認したくなかったから。

完全にそうではなかったか、と言われると違うんだけど、執着は薄まっていくのかもしれないと感じることができた。そして、前回の斜陽を読んでも思ったことだけど、私が愛と勘違いしていたものは愛ではないのかもしれない。というか多分違う。

それはただの執着。


母の子への愛のようなものも実は執着とないまぜになってしまっていることがあるのではないだろうか?

だから苦しむ親子もいるような気がする。本題とはそれるが。


しかし、執着とは良い風に解釈すれば、「情熱」なのかもしれない。





2016年10月11日火曜日

斜陽を読んで

太宰治の斜陽をよんで、こんなに激しい母への思いを女性は抱くのだろうか?とふと不思議に思った。斜陽の主人公はこんな風に思っている。弟が私よりも愛されて苦しい、母親が死んでしまうのが嫌だ、と同時に私の存在自体が母親を死に至らしめているのではないか。

一時期はこれって単なる太宰さんの母親を愛する気持ちを主人公に投影しただけではなかろうかと単純化しすぎて考えていた。

しかも私の周りは、母親に対抗意識を持ったり、憎んだり、特に感情がなかったりする、強い?自立した?女性ばかりなので、そんな風に思ったのかもしれない。

でも、「花束を君に」の歌詞を見て、あ、女性とか男性とか関係ないかもと思った。
この歌詞でも、言葉が足りないほど愛しく、最後に抱きしめてほしかった母への思いが綴られている。

まあ、私自身も母親へそこまでの愛はない(と思ってる)のでわからなかったのかもしれない。

そして、斜陽は怒涛の結末を迎える。女性にしかできない方法で終結するのである。
あれってそうするしかなかったのだろうか。それは時代的に?それとも現代でも?

いや、そうするしかなかったのだと思う。

本当に男という生き物は儚く無意味で自分勝手だなと思わされる

2016年10月7日金曜日

どうすればいいかわからない

まず、久しぶりの生ビールが美味しすぎていろいろと無作法な振る舞い、生意気な口を叩いてしまってすみません…絶対このblogにかいても通じないんだけど、ま、いいです。

本当にいろんなことへのリスペクトが足りない。人類学を少しでも学んだものとしてどうかと思う。ほんとやだ。

この失礼な態度、世の中なめてる態度をどうにかしていきたい。

やりたいことなんかない空洞人間なんですが、そういう人が絶対に入ってはならない迷宮に入り込んでしまった…気がする。

とりあえず、目の前にあるフィールドノートとやらを開かなくてはならない。そこから始まるのか。

どうなんだ。

そんなことはどうでもいいが、とにかくなめ腐った自らの態度を改めなければならない。こんなところに駄文を書き連ねてる暇があったら心の底から反省しろよよ自分に言いたい。


勉強するしかないのかな。勉強原理主義のような気がするが。

良心はどこにあるのか。

京都に戻りました

京都はまだ暑いです。
いろんな人に気安く話しかけてしまう、帰国者あるある現象がおきております。

2016年7月9日土曜日

ありがとうございます

BGMはこれで



さいきんの横暴な自分の行動を振り返ってみると、ただただ感謝しかできない。
本当に私の周りにいてくれる方々、居ざるをえない方々、にただただ感謝である。

本当に。

2016年6月29日水曜日

Please don't flirt with him or her

なんでなんだろう

こうやって邪なものに引きずられるのは。

どうしようもないのかな


2016年6月25日土曜日

2016年6月21日火曜日

共同体の中で生きていくの辛すぎる

またしてもこの謎の感情が生まれてる。
謎の感情とオブラートに包んだ、もしくは本心を無視した言葉で表現してみる。
本当に意味のないところに執着を示す自分の心。意味のないことを機敏に感じ取ってしまう、いらない繊細さ。やめてほしい
そんなことどうでもいいじゃん
強がってんな~
どうせ共同体なんて想像なんだよ!

2016年6月16日木曜日

定期ポスト、水になる

常、僕は水になりたいと思っているわけだが。それはなぜだろう。というかそれはどんな状態のことを呼ぶのか。

その時に考えるのは

タオイズム?

合気道?

そういうものなんだろうか?そういうものでもあると思う。 でもそれって、自分の足で立ってから言うべきことなのかもしれない。ずっとそんなことばかり考えている。

とにかく、ここ2年くらいではこのスピーチを繰り返し読んでいる。
David Foster Wallace’s 2005 commencement address at Kenyon College
原文
https://www.1843magazine.com/story/david-foster-wallace-in-his-own-words
和訳
http://j.ktamura.com/this-is-water#sub--1

 リベラルアーツ、自由人になさしむ知恵

ここでは、知の探求者としての自由が現れているように思う。
知は人間を不自由にもするが、大きな枠で見れば、自由にすると思う。月並みだけど、不自由さを知っていることこそが自由になることそのものだ。

blind certainty, a close-mindedness that amounts to an imprisonment so total that the prisoner doesn't even know he's locked up.
「盲目的な確信と狭い了見に起因する、獄中にいることすら気がつかない囚人」
learning how to think really means learning how to exercise some control over how and what you think.
「自分の頭で考えられること」というのは、「自分の頭で考えられるということは、何について考えるか、ある程度自分でコントロールできる術を学ぶこと」

 how to keep from going through your comfortable, prosperous, respectable adult life dead, unconscious, a slave to your head and to your natural default setting of being uniquely, completely, imperially alone day in and day out.
「いかにして心地よい、豊かで、凛とした社会人生活を送り、ゾンビのように、無意識で、自我および唯一の完全な凄まじい来る日も来る日も訪れる孤独のドレイとなるのを回避するか」

The only thing that's capital-T True is that you get to decide how you're gonna try to see it. This, I submit, is the freedom of a real education, of learning how to be well-adjusted. You get to consciously decide what has meaning and what doesn't. You get to decide what to worship.
「どう物事を見るかは自分で選択できる」ということです。これこそが君たちが受けた教育が生み出す自由の意味です。「適応力がある」という表現の意味です。何に意味があって何に意味がないのか自分で意識的に決められること。何を信じるか自分で決められること。 

  The really important kind of freedom involves attention and awareness and discipline, and being able truly to care about other people and to sacrifice for them over and over in myriad petty, unsexy ways every day.
毎日毎日、自分以外の人々のことを思い、彼らのために犠牲をはらい生きる自由。

The capital-T Truth is about life BEFORE death.
シンジツとは、死の前にある生のためのものです。


真理のために生きたい。そのためには今のままではいけないのだろう、そう。そうだとおもう。私は「まよっている」らしい。


それはきっと怖いのだとおもう。自分のことを自分で背負うのが。自分を背負った時に重みに耐えられないことが。

そんなこと言ってられない状況になったにもかかわらず。

自分で背負うくらいなら、その辺に置いておきたい。

甘ったれてんじゃねえよ自分。

水に戻ろう。

水、それは形のないもの、そしてその場で形になるものだ。
なにかとなにかをつなげ、どんなものの隙間にも入り込む。

流れる水は全てを流していく。どんな色にもなるし、どんな色にもならない。

そして人間に必ず必要なもの


2016年5月24日火曜日

人類学の意義

きっと、緻密な文章、精緻な描写、筆者がフィールドで行った体験を読者に疑似体験させる風景の再現性があるからだと思う。目の前に広がるサモアの海、むわっとしたヤシの木の間を通り抜ける風 、潮と油の匂い。

エスノグラファーになりたい人はこういった表現を世界に対して行いたい人だと思う。でもそこがいつも人類学者が問われる、「ルポルタージュと何が違うの?」問題である。

先日もちょうど、名古屋の地下道で、工学部で勉強する友人に「人類学の人はどんな社会的な意義から研究しているの?社会的な要請は研究テーマにつながるの?」と聞かれて必死に答えになってない答えをしたばかりだ。

人類学は、字が表すとおり、「人類」の「学」だ。

つまり人類とは、人間とは、人間がなぜ生きるのかということを問題にしている学問だと思う。

それ以外に「意義」は必要なのだろうか。

2016年5月17日火曜日

マリリンストラザーンを読んで

授業で英国の人類学者、マリリンストラザーンの論文を読んだ。

ああいう論理展開をつなげてある論文を読むと、読解にすごく手間がかかって、同じ次元で話を展開できなくて、大学院にいていいのかなと思ってしまう。

ゼミの後院生室で先輩が「西欧人とは」ってひとくくりにしちゃったりするところがすごいよね。と言っていて、確かにと思った。

ほとんど意味のない文章書いてるな。
その先輩も言っていたが、ストラザーンのそういう英国人的な偉そうな態度には少し疑問を感じるが、彼女の理論は地に足が付いているし、おそらく民族誌的経験から導き出された、もしくは頑張ってひねり出したであろう議論のため面白いんだと思う。

あのくらいの議論をするためにはやっぱり、いろんな本を読まなくてはいけないんだなと、修論計画が全くの白紙の私は思う。

圧倒的に読んでいる量が少ないと日々感じる。学部の時も思っていたけど、やはり賢い人々に囲まれていると触発されますね。環境とはとても大切である。

「君はなにしたいんや?」と聞かれるんだけど、そこに答えが出せない…
だってそれって俺の20数年の人生そのものの質問だし…

いま心の片隅で、フィールドに出れば何か運命的な出会いがあるんじゃないか、運命的に興味をもてる対象を見つけられるのではないかと思っている自分を叱りたい。


2016年5月14日土曜日

気がつけばもう

気がつけばもう五月ですね。

あっと言うまに、修論計画の発表が近づいているやばい。

頑張ろう。

2016年3月17日木曜日

でも

今日の冒頭一言(本文とはなんの関わりもありまへん。な、なぜ関西弁っぽくなるのか…汗。本文だけだと高校生のポエムみたいで嫌なので!)
大学院の選択間違えたかも
ま、入学してみるしかないよね☆
冒頭一言おわり!


2016年3月3日木曜日

室生犀星

室生犀星とは金沢出身の作家である。確か犀川のほとりで育ったのでそういうペンネームにしたはず。本人は何度か食うに困って金沢に帰ってるはず。この詩は結構有名だと思ってたけどそうでもないのかな?でも、読むたびにふるさとは戻る場所ではないな、頑張らねばと繰り返し思うのです。

2016年1月23日土曜日

くう

各方面すみません…私は先程から虚しさに人生の意味を問うフェーズに入ってしまいました…(意味不明…)
もう布団から出られません。一生出られないかも。もう嫌です。外の世界は冷たくて寒い。でも、内側だって生ぬるいだけ。

2016年1月7日木曜日

寝れない夜


寝れない夜 

君も同じく窓辺にいるだろうか 

それともぐっすり寝ているだろうか

静かにおもうにとどめておこう

きっとそれが一番よいのだ

2016年1月3日日曜日

アゴタ・クリストフとトーベ・ヤンソン


アゴタ・クリストフの代表作『悪童日記』『ふたりの証拠』『第三の嘘』を読んだ。どの本も友人から借りて読んだ。そして思い出したのが、トーベヤンソンの『誠実な詐欺師』だ。なぜなのか考えながら読書感想文を書こうと思う。










まず、『悪童日記』では少年達の感情を排した文章から、痛み、欲、愛、感情といったものが、静かに淡々と描かれていた。文体は静かで平坦なのに、読み手は感情や欲などを強烈に感じるという、面白い読書体験だった。

あらすじをちょろっと書くと(あんまり役には立たないと思うが)、首都の街である程度豊かに育った双子は戦争の激化にともない、母の実家のある田舎へ疎開する。おばあちゃんの家に疎開した双子の「ぼくら」が事実だけを大きなノートに書きつづけることを自分たちで決め、日々の出来事を書き綴っていく…

って感じ。読むのが苦手な人は映画もあるんだけど、映画はこの物語にとってとても重要な、性的なシーンとか残虐な行為とかが大幅にカットしている(勘のいい人ならわかると思うけど)ので、ぜひ映画をみた後に小説を読んでほしいと思う。



そんなことはともかく、感想文を書いてるんだったね。


悪童日記にでてくる、双子は頭が良くて、正論で、まっすぐすぎて、おばあちゃんが「悪魔の子!」と叫びたくなる気持ちも良く分かる。彼らは強くなるために様々な訓練を行う。彼らは痛みに慣れれるために、双方の体を疲れ果てるまでベルトで鞭打ち、泣かないようにする。精神的に強くなるために、汚い言葉で罵り合う(それは彼らが普段、街の人から投げかけられる言葉だ)。優しい言葉でいっぱいの母の手紙を燃やす。空腹に耐えるため三日間断食する。彼らは痛み、つらさ、弱さ、飢えに対処するために、自らを訓練し乗り越えようとしていく…僕には、その行為がとてもまっすぐで真摯、美しいとさえ思えた。そうやって様々なことに慣れ、強くなっていく双子はしたたかに戦時下を生き抜いていく。


こういった、自分で自分を痛めつけることで慣れて強くなることは、一見不健全なやり方だろう。でも「慣れる」ことでしか乗り切れないのが、戦時下であり、そこは極限状態だったんだなと理解できる。そして僕には、現代のぬるま湯の中で生きている僕には、真面目に生きぬこうとなんでもする双子をかっこいい、美しいと思ってしまう。「しまう」と書いたのは、この文章を書いている僕は、戦時下にも極限状態にもいない無責任な存在だからだ。そんな無責任な奴が「美しい」とか言っていいのだろうか。まあそんなことは置いておくにしても、現代は普通、極限状態ではないから、いくらでも痛みや誹謗中傷から物理的に逃げることができるし、そうすべきでもあると思う。ただ、いろんな事情で逃げることができない場合、最悪の手段かもしれないけど「慣れる」ということは現代でも必要なのかもしれない…


こんな風に書くと、慣れるということは、自分の感情を完全に消し去ってしまい、精神的に死んでしまうことだと思うかもしれない。しかし、僕がこの物語からはそういった印象を受けなかった。なぜだろう。双子が「とても」素直に、受け取った親切に対して感謝したり、恩返ししたり、報いたり、していたからだろうか。その行為に僕は感情を感じたのだろうか。双子の言葉を使えば、彼らは「しなければならないことをやった」に過ぎないのだろうが…


この物語で特に感銘を受けたのが、双子の描写する人々の描かれ方だ。双子が観察する、彼ら以外の外の人々、彼らから観察される戦時中の極限状態の人々は醜く、そして懸命でとてもリアルだった。そのあられもない姿に心を揺さぶられた。二作目『ふたりの証拠』の訳者解説にこんな一文がある。


アゴタ・クリストフ自身、あるヨーロッパの雑誌の取材に答えて、『悪童日記』では、戦火のなかで過ごした自分の少女時代の思い出をもとに子供について書いたのであって、戦争はどちらかというと、極限状態をリアルに設定するための口実だったと述べている (p298-299アゴタ・クリストフ、堀茂樹訳『ふたりの証拠』ハヤカワepi文庫、早川書房2001年)


とあり、作者は子供と、極限状態を書きたかったのだとわかる。極限状態(物資が少なく、選択肢が少なく、移動が困難な状態)に舞台を設定すると、人間の欲や、不条理、浅ましさ、弱さがとても描きやすいのだな、と思う。そして作者は本当に良く人を観察している。

人を観察するというと普通、「自分にとって外の人を見る」ということを連想すると思う。「人間ウォッチングが趣味」というとカフェなどで自分の外に展開されている人間たちのなり振る舞いを見るのが好きなのかなと思うと思う。しかし、作者のの優れている点は、外の人間だけでなく、自分の内側の人間、つまり自分の内面や感情を良く観察しているところだと思う。


なぜ人は人を殺すのか、なにに快感を覚えるのか、亡命していること、難民であること、故郷に帰っても居場所がないことに、どんな感情を持っているのか。自らの感情、情動、苛立ち、幻想をしっかりと、静かに、落ち着いて観察しているからこそ文章化できるのだと思った。そういったことは、他人がやることをじっと観察し、そして自分をじっと観察することで初めて書くことができる。混乱した人間の心を書くということは、そういった卓越した観察眼を持っていなければ、できないことなのである。 


おそらく、上記で取り上げた二つのこと、感情を排し静かな目線で人間の欲を描写していることと、人間心理への洞察の鋭さを感じることから、トーベ・ヤンソンの『誠実な詐欺師』を思い出したのだと思う。そして、訳してもなお(訳者の腕がいいのかもしれないが)感じられるその文体の簡潔さ、シンプルで削ぎ落とされた表現にも共通するところがあると思う。


どちらも雪が降り積もり、足音さえも雪に取り込まれてしまうような、静かな冬に読みたい物語だった。今年は暖冬だけど。

2015年12月14日月曜日

悪童日記

友達に借りた、アゴタクリストフの「悪童日記」を読んでいる。
子供の視点を通して、人間(大人)の矛盾や汚いところ、戦争のおかしいところ、様々な暴力を目の当たりにできる作品だった。真の自立とは?ということも考えさせられた。

いろいろ印象的なシーンはたくさんあるんだけど、本筋とあまり関係ない急に差し込まれたエピソードの中に出てくる酒場の女の発言が戦争について的を得ているなと思う。人間がなぜ戦争を求めてしまい、突き進み、誰が迷惑するのかという問題について。


「あたしたち女が戦争をまるっきり知らないだって?冗談もたいがいにしてよ!こっちは山ほどの仕事、山ほどの気苦労を引き受けてんだよ。子供は食べさせなきゃならないし、けが人の手当てもしなきゃならない……。それにひきかえ、あんたたちは得だよ。いったん戦争が終わりゃ、みんな英雄なんだからね。戦死して英雄、生き残って英雄、負傷して英雄。それだから戦争を発明したんでしょうが、あんたたち男は。今度の戦争もあんたたちの戦争なんだ。あんたたちか望んだんだから、泣き言を言わずに勝手におやんなさいよ、糞喰らえの英雄め!」(p.149、アゴタ・クリストフ『悪童日記』堀茂樹訳、早川書房2001)


山極壽一×関野吉晴のスイッチインタビューhttp://www4.nhk.or.jp/switch-int/x/2015-11-21/31/8084/2037084/を見たときから考えている、男の見栄と戦争の問題についてキッパリ言ってもらえた気がしてとてもスッキリした。そして、訳がとても面白いなと感じている。ああ、原典を読んでみたい。

ジェンダー的にくくるのを許してもらえば、男とは見栄と意地と変なプライドで行動する不思議な生き物だ。最近は逆説的に「だから女性は素晴らしい」と思ってたけど、そうやって盲目的に女性を神格化するのもおかしいのかもしれない。


悪童日記の主人公である少年たちを見ていると、男女の関係なく、いかに個人として冷静に分析、判断することが大事なのか再確認させられた。そう、僕はそうやって、ある程度冷めた目で世の中を見ていたいのだと思う。


悪童日記 (ハヤカワepi文庫)

2015年12月6日日曜日

サティだけが

最近ピアノ曲ばかり聞いている

もっぱらリストとサティ…

なぜだろう。

この二人ってピアノを弾くとき同じような難しさがあるんじゃないかな…おれ、ピアノ弾けないから知らんけど

リストは超絶技巧が、注目されがちだけど、感情をのせるのが難しい、でも感傷的な曲を結構書いてると思う…そんな偉そうなこと言えんけど…サティ的なというか…やり過ぎても薄っぺらくなるけど、ただ譜面通り引いても面白味がないというか…それはどんな曲でもそうか…

ジムノペディとか郷愁とか…有名どころしか知らんけど。、そのあたり?

それはさておき

サティだけが今の僕に寄り添ってくれる気がしてます…

だからなんやねーん!

2015年11月23日月曜日

同じ方向を向く?

愛とは同じ方向を向くものだと誰かが言っていた気がする。

そうなのかな

時々目配せしてほしい

目配せを待ったり、こっちを見てくれるのを待つことは愛ではないの?

あまりに長いと辛くなるけど

愛であってほしい

愛であるうちにどうにかしてほしい(笑)

2015年11月4日水曜日

意味のある地名

路線図を広げてみると、たくさんの地名が並んでいる。その多くは自分にとってなんの意味も無い、ニュートラルな地名である。

地名はただそこに印刷されているだけであって、感情は伴わない。「情報」として流れていくだけである。

しかし、目に飛び込んでくる地名もある。一度訪れた場所や思い出がある場所の地名。そこには感情や記憶が想起される。

そうやって、だんだんと意味のある地名が増えていくことが、とてもうれしい。



しかし、年を取ることや記憶が増えることは、必ずしも良いことばかりだとも
言えないかもしれない…

2015年10月28日水曜日

感情的なもの(情動)との付き合い方【未完全版】

最近、理性的ではないどうしようもない気持ち(感情ともいう)に悩まされる日が多い。

わかりやすくいえば、好き嫌い、嫉妬心、焦燥感などだろうか。

私はこれまで、こういった感情を滅することで比較的、心が平安な状態で生きて来たと思っている。
感情をいだきそうになったら、心をないものとして、理性的な価値判断だけで行動しようと努めてきた。

2015年10月23日金曜日

人類学の意義

今日久しぶりに学部の基礎的な授業に参加した。

そこでは人類学の教授がふと、人類学と地域研究の違いについて話していて、忘れてはいけないことだと思ったので、ここに記しておきたい。



人類学とはミクロな事象、固有の現象、「彼ら」のやっていることを通して人間の本質に迫ることである。


また、他の社会科学と大きく異なる点は、被調査者である「彼ら」の目線から世界を見たら何がみえるのかという点に重きをおいているということである。


この二つのことは本当に基本的で、何度も言われることだけど、大事なことなので、心に刻んでおきたいと思った。

2015年10月22日木曜日

ウラとオモテ

<この記事は2015年6月に書いたものです>

当然と言ってしまえば当然なのだが、人が自分に見せる姿と違う姿を目にすることは、色んな意味でショッキングである。

それはいい意味でショッキングであることもあるし、悪い意味のときもある。

まあ、いい、わるいっていうのも個人的な問題であって、社会的にどうこうってことではないんだがね。



しかし、なぜ私達は一貫性を求めるのか?


裏表がない人とは「いい」人なのであろうか?ちょっとそこは分からない。




もし、明らかに自分に接する時よりも、幾分かリラックスした表情をしていたり、話すトーンが違ったりすると、なんだか自分が軽視されたような、結局蚊帳の外だったのかよ的なつまらない感情がわいてしまう。

多分、正解は、「あ、使い分けていらっしゃるんだな」と、思えばいいんだと思う。


他の人に向ける態度を自分にも向けてほしいと思うことは甚だ自分勝手なものである。




ここまで言って、でも、裏表がない、誰に対しても平温に見える人に対して安心してしまう。


それは私が損をしていないことに対する証明を得るだけの事なのかもしれない。


だって、誰に対しても平温なんて人間としてちょっとありえないし、ともすれば感情のない人ということになってしまう。ただそれが、どの程度の差なのか、それが表面化しやすいのか、その差なのである。





自分はとことん嫉妬深いなと笑ってしまう。

2015年10月21日水曜日

手紙というもの

文章を書くということ、とても責任の重いことである。しかし、人間の歴史においては大変特殊な行為ではないだろうか。人間はかつて無文字社会に生きていたとすれば、口から発せられる音によるコミュニケーション、つまりその場ですぐに消えてしまうやり方を基本に人間は生きてきたといえるのではないか。要するに、書き言葉ではなく話し言葉が人類の基本なのではないか。

それに対して、一定時間残り続けるものに文字を書き、人に伝えるということは比較的新しいやり方である。口からでる言葉ならば瞬間瞬間で消えてしまうが、文字は残り続ける。つまり発信者の身体から離れたところ、発信者の文脈から乖離した場所で意味を残し続けるものなのである。

手紙を書いている瞬間は、そのときの気持ちや感情を、そのとき思ったまま書き付ける。しかし、いったん書き終えてしまうと、そのとき思った気持ちではなくなっている自分に気がつくのである。そしてその手紙を読むという行為も、書き手の文脈からは離れた場所で行われるのである。よっぽど読み手に書き手への配慮がない限り、どのような背景で、どのような気持ちで文章を書いたのかな?などと読み手は想像しないし、読み手は書かれた文章しか見ることができないので、そのような書き手の背景はわかるわけがない。読み手は書かれたものから判断するしかないのだ。

そのため、手紙を書くこと、文章を書くことには相当の責任と気概が求められると思う。文字はとても強力なので、いとも簡単に相手のことを傷つけたり、文意を誤解されたりしてしまう。そして文章自体は書き手のイマ・ココの文脈から乖離しているのに関わらず、書き手は文章に対して責任を持たなければならない。


手紙に封をする行為はそのことを象徴しているかのようだ。


それまで書き手の手に密着していた便箋を、封筒に入れ、糊付けをすることで、書き手の文脈から完全に離れ、手紙というものが完成する。

書き手は封筒によって隔てられてしまう言葉に責任を持たなければならない…

僕は手紙を書くことは結構好きだが、封をする段階になって毎回躊躇する。それは手紙を書くときに下書きを書いたり、推敲しないことが問題なのかもしれない。いや、たぶんそれがかなりの問題であると思う。ああ、もっと推敲したほうがいいのだろうな。自分にとっても相手にとっても。

ああ、推敲…

2015年9月8日火曜日

Caro Emerald - Coming Back As a Man 和訳 日本語 歌詞



マツコとマツコといという番組に使われていて、かっこいいなと思った曲の和訳をしてみました。間違いがあったら教えて...というかぜんぜん訳しきれてない…

ああ、アメリカ研究の教授も言ってたけど、本当に詩を訳すなんて馬鹿げてる。もうしません。でも基礎的な英語の間違いは必ずあるので指摘してほしい。

でも、マツコの番組に、しかもアンドロイドと共演するという番組にこの曲を使うのはおしゃれである。

元の歌詞はここを参考にしました
http://www.azlyrics.com/lyrics/caroemerald/comingbackasaman.html



[Verse 1:]
ギリギリで生きている、
何かがわたしを怒らせた
ベットに飛び込み寝返りを打ったoh yeah
そう、言ってしまった

満足していない
すべてのロミオと彼ら(男たち)のサヨナラに
彼らの「またね」という不完全な嘘に
だからため息をつく


[Pre-Chorus:]
今のわたしのことだけを言ってるんじゃなくて
女たちの世界のすべての金を持ってしても、彼を変えることはできない


[Chorus]
電話帳をつかんで
「ダビンチ」をさがすの
ほかの誰かみたいに変身するために
さあ、究極の逆襲のため、リハーサルの時間よ
みてろよ、考えがある
男として戻って来るんだ



[Verse 2:]
青を着よう
平たい革靴を見繕って
それはダイアモンドよりも私を輝かす
そして何か新しいものを

コロンをまとうように
おまえを囲おう、と言う
そして囁く「お持ち帰りしてくれない?」と
アーン


[Pre-Chorus 2:]
ヒントと、それから私の鍵を落とした
そして網を打つ
忘れられない夜を経験しそうな誰かを捕まえるために


[Chorus]
電話帳をつかんで
「ダビンチ」をさがすの
ほかの誰かみたいに変身するために
さあ、究極の逆襲のため、リハーサルの時間よ
みてろよ、考えがある
男として戻って来るんだ


[Bridge:] 
エロール・フリンのヒゲの後ろに隠れよう
気持ちがここにあるのを確かめるために、間違った印象を取り去って
私を女の子のためのイコライザーと呼んで
教えて、教えて、どこが痛いのか
 

[Chorus]
電話帳をつかんで
「ダビンチ」をさがすの
ほかの誰かみたいに変身するために
さあ、究極の逆襲のため、リハーサルの時間よ
みてろよ、考えがある
男として戻って来るんだ

2015年8月26日水曜日

カミュツイートまとめ

これまでつぶやいた、カミュの引用ツイートをまとめました。
カフカとカミュを混同していた大学一年生の自分を叱ってやりたい。









・『最初の人間』アルベール・カミュ 大久保敏彦訳 新潮社1996

2015年8月1日土曜日

アルベール・カミュおもしろいー「貧者の記憶」についてー

自分の名前の姓と名を早口で読むと「カミュ」と聞こえることから、友人から「カミュ」と呼ばれることが時々ある。聞いたことある名前だったけど、全く読んだ事なかったので、近くの公立図書館で、『最初の人間』を借りて読んでみることにした。本当は一番有名な『異邦人』あたりを読んでみたかったのだけど、貸し出し中だったので仕方なく、『最初の人間』を借りたのである。



でも結果的に『最初の人間』を読んでよかった気がする。『最初の人間』はカミュが生前、構想を書き溜めていた手帖と書類を出来るだけそのままの形で刊行した、彼の自伝的小説らしい。完成前にカミュは交通事故でなくなってしまっているので、細かいところの描写が未定であったり、メモ書き・自分のための注釈がついていたりする。そのように、中途半端なものなのに、とても引き込まれる。ジャック(主人公)が生まれるシーンはとても描写が細かく、出産のシーンが鮮やかに浮かんできた。おもしろい小説なんだろうな~と思わせる始まりである。(えらそうだな自分w)



カミュが育った経済的に貧しい生活、それらを通した人間の姿の描き方は胸に迫るものがある。きっとそれは実際に体験したことから、書いているからだと思う。

特にこの箇所である。

貧者の記憶というものはもうそれだけで裕福な者の記憶ほど充実していない。なぜなら貧者は滅多に生活している場所を離れないので空間における指標が少ないからだし、また一様で、灰色の生活の時間の中にも指標が少ないからである。もちろんこの上なく確実だと言えるような心の琴線に触れる記憶もあるのだが、心が苦しみや労働ですり減ってしまうので、疲労の重みの下で、それもすぐに忘れられてしまうのだ。失われた時が蘇るのは裕福な者のうちでしかない。貧者にとっては、失われた時はただ死に向かう道の漠とした道標だけである。それに、首尾よく耐えていくためには、あまりたくさんの記憶は必要ない。彼の母親が恐らくやむを得ずそうしていたように、一時間一時間過ぎ去る日々にぴったり身を寄せている必要があった。
『最初の人間』アルベール・カミュ 大久保敏彦訳 新潮社1996 p.78




大学に入って、多くの裕福な者に出会い、言葉や記憶をしっかり持った人々とばかり生活していると、こういった正直で一生懸命な貧しきものの存在を忘れてしまいがちだ。というか忘れてもいいものなのだろうか。

最近の日本においてはここまでの貧しさは、なかなかないと思う。でも中学生のとき友達だった「彼ら」は大学で出会った人たちと同じように言葉を使っているとは思えない。

地方もしくは、貧しい家庭出身で都会の、中央の、urbanな、大学に行っている学生は少なからず考えることだと思うのだけど、裕福な東京の学生(※1)の前提、家庭環境およびそこから来る考え方と自分の考え方がフィットしないなと感じることがある。なにかはわからないのだが、価値観や考える上での土壌、スタート地点が違っていることに気がつくと言うべきだろうか。

別にそれが悪いとか、うらやましいとか、田舎の感覚をわからない都会っ子を馬鹿にしたいとかそういうことではない。「裕福な東京の学生」の中にもカミュの言うような貧しさを理解し、考えている人も多くいると思う。うん。何を言いたいんだ自分。

ただ、大学という場所、アカデミックな世界、中央のエリート達にはこの貧しさを知らない、考えたこともない人も多くいるのではないかなと、ひしひしと感じる。ま、考えているから偉いとか、そのほうがいいなんて全く思わんが。(だから何が言いたいのか自分 笑)

つまり、泥臭い思想や、地に這いつくばっている僕みたいな人が考えることを、エリート達に伝えることって難しいし、無理なことなのかもしれない。

僕が育った環境もすばらしく裕福であったわけではない。(しかし、カミュに比べれば格段に豊かな家庭だった)しかし、両親が教育を大切に考えていたから、大学に行く(大学院にまで行こうとしている)という選択肢を考えられたし、実際大学に入れたのだと思う。豊かさと教育の機会って本当に大切なことやな・・・

こんな感じでふんわりと終わっておこうと思います





この記事を書く前に読んで、影響された記事

・内田樹「突発性仏文学者症候群」
http://blog.tatsuru.com/2008/01/15_1150.php

身体的な哲学にはとても興味が持てる。記事中にある『哲学の歴史12』を読みたい

・萩原俊治「「最初の人間」」
http://d.hatena.ne.jp/yumetiyo/touch/20130209/1360390179

貧しい人々の描写と、人を差別することについて述べられている。差別についても萩原さんと同じ意見だ。差別しない人間に育ててくれた両親と祖母に感謝したい。

・『最初の人間』アルベール・カミュ 大久保敏彦訳 新潮社1996


※1 無理やりステレオタイプにすると私立高校から東京の大学に行って東京から出ていないような方たち


2015年7月22日水曜日

人を大切にするということ

人を大切にするということはなんだろうと最近考えている。私のなかから湧き上がってくる結論的なことは「献身」的な行為なのではないかということだ。しかし、この行為は自分本位で、時に相手の迷惑になる時もある。「おせっかい」などということが良い例かもしれない。しかも、その「おせっかい」は見せかけの善意によって差し出されるので余計たちが 悪い。善意を伴って差し出された「おせっかい」を、相手は断らなければならないからである。(最初からそんなものはいらないのに)


僕はそんなことばかりやっている気がする。本当に人を大切にするということを理解していないのかもしれない。もしくは、自分が傷つくことを過度に避けているためかもしれない。


自分でどうして、ここまで、責任逃れをするための予防線を張るのがうまいのかと思ってしまうことが良くある。簡単に言えば、言い訳と嘘を常に用意しているのだ。


人はそんな人を「卑怯者」と呼ぶ。辞書的に言えば、勇気がなくずるがしこい者であるということだ。


最近ようやく、自分の根本的な問題が自分の卑怯性にあることを正視できるようになった、気がする。というか現在進行形でそれを行っていると思う。


自分が正面から戦わなくて済むように、相手を貶めるし、相手が自分より下手に出たと分かり次第、自らを優位に保てるように細工するのである。


どうやったら、正面から人と対話できるのだろうか。そういうことは必要なのであろうか。なにか大事なことを忘れてしまったように思えてならない。


2015年7月21日火曜日

その手を離さないで

その手を離さないで

夜空に掲げた あなたのその手を

その手を離さないで

たとえ私が 偽りだとしても

その手を離さないで

あなたの大きな 暖かな手を

その手を離した時

命は途絶える

2015年5月19日火曜日

正直でいること、弱みをみせないこと

常に弱みを見せることが、美しくないのは当然であるが、弱みを見せないことが不誠実というわけではない。


とにかく、面倒なことは早く終わらせておくことに限る。

2015年5月17日日曜日

SOTSURON

卒論が終わらない。やばい。こんなところに文章を書いている場合ではないのは知っている。ああ。



どうしよ。こんなときは過去の記事を漁ってしまう・・・基本てきに恥ずかしくないものを、このブログには残してあるのだが、選び抜かれたものだからか、自分の文章でも結構おもしろい。たとえばこれ。18歳の時の小説?を転載したもの。
 http://ukihoku.blogspot.jp/2013/05/blog-post.html

何がしたいのかわからないけど、若いときってこういうショートショートてきなものにあこがれるよね。でも、内容がおばさん趣味なのが謎。

フィンランドの暗い冬を抜けたあたりの一連の投稿はちょっとセンシティブで我ながら、考えてるな少しは。とおもう。今は東京という熱帯に来てしまったせいか、あんまり物を考えていない。あと、目の前にあることが多すぎる。私にとって。
http://ukihoku.blogspot.jp/2013/12/blog-post.html
http://ukihoku.blogspot.jp/2014/01/blog-post.html
http://ukihoku.blogspot.jp/2014/01/blog-post_26.html
http://ukihoku.blogspot.jp/2014/01/blog-post_1392.html

さてと、卒論。どうしよう。あと12時間後に先生に会わなきゃいけない。でもほとんどできてない。まあ大変。やるしかねえ。

2015年2月9日月曜日

パーマかけてみた

人生初パーマ。髪がくるくるしてるだけでちょっと楽しい。パーマっていいね。


パーマ液の香りはなんだか好きだ。


なぜだろう。

昔から知っている気がする

2014年5月20日火曜日

根源的には人は孤独だけど

定期的にくるこの、私は社交性の無いダメ人間だと思うこの卑しい心の動き…つらい。結局打算でしか交友関係を考えていないの?と自らに問いたい。

BGMは何となくこれ。
友達を大切にしたい。

2014年5月7日水曜日

フィンランド語学習に便利なサイト一覧

この一年、フィンランド語を勉強してきて、お世話になったWebサイトを使った順に並べてみます。ほぼ自分用ですが、フィンランド語学習者には便利な情報かも知れませんね〜
今後も更新して行く予定です!

〜辞書〜

 wiktionary英語版
http://en.wiktionary.org/wiki/Wiktionary:Main_Page
 格変化の一覧や例文も適宜載っているのが便利!フィンランド語→英語として使用。ただ格変化は時々間違っているのが残念。まあフリーだから仕方ないね。

Google翻訳
https://translate.google.com/
 言わずと知れた。ただ、機械翻訳あるあるだけど、訳文がおかしな文章になってしまうことも多々。日本語と英語よりはうまくいってると思うけど。

Sanakirja.org
http://www.sanakirja.org/
英語→フィン語で使用。Googleで納得いかないときに使うけど、使ったところで納得いかないときも…

Verbix
http://www.verbix.com/languages/finnish.shtml
格変化が知りたくて、wiktionalyで怪しいときに使うツール。動詞のみ!


〜文法など〜

Uusi kielemme
http://www.uusikielemme.fi/index.html
フィンランド語文法に関して英語やスペイン語で解説したページ。私のサマースクールの先生(ベルギー人でフィンランド語が母国語ではない)が運営している。すごくすっきりと文法事項がまとめてあって、分かりやすい。


2014年2月11日火曜日

良き思い出は心の宝

花嫁のれんっていう東海テレビの昼ドラがあります。
舞台は金沢の老舗料理旅館でそこに嫁入りしたよそ者の若女将がいろんなハプニングを乗り越えるっていうとてもよくあるわかりやすい昼ドラです。
その中で野際さん演ずる女将がよく言う言葉に、
「良き思い出は心の宝」という言葉があり、このドラマの軸テーマになっているような感じです。


第二シーズン最終回では人生の苦しみや厳しさがあるからこそ、良い思い出は宝となりうるという話がありました。

こういう言葉もよく目にしますよね。

でも最近20年生きて来てちょっとだけ身をもってそのことが分かるようになって来た気がします。

就活のことをぼんやり考え始めいろんな採用情報を眺めていたりしますが、
僕はどうもサービス業や接客業に興味がありそうだなと思っています。

自分以外の人の良き思い出に立ち会いたい。協力したいというおせっかいな気持ちが強いように思います。

パーティーとか他人の旅行とか、博物館の展示とか、見る人訪れる人がどうやったら楽しく過ごせるのか考え、フォローすることを考えることはかなり好きです。旅行の計画を考えるのが旅行よりもドキドキするという人は結構いると思いますが、僕は自分以外の人のことを考えながら計画するのも結構好きです。

ただ、これまでいろいろ失敗したなと感じたことも多々あります。
その失敗の多くが、相手の立場に立っていない、相手がなにを求めているのか見えていないことが原因ですね。

それって突き詰めれば、「相手は何を考えているか」になると思うのですが、それってとても分かりにくいし、常に変化していることでもあります。

2014年1月27日月曜日

考えの変化

このブログの最も読まれている記事一位に未だ居座っているこちらの記事
http://ukihoku.blogspot.fi/2012/08/blog-post.html
ですが、今は少しずつ根本の考え方が変わって来たな、と感じでいます。

そもそも幸福ってなんだ?
幸せってなに?


って考えるようになった。

刹那的に「いいなー」とか「幸せ」 とか「安らぎ」とかを感じることはあるけれども、
それって幸福なのだろうか?

安全で安定していることは不安定から見れば幸福なのかもしれないけど、その状態のさなかにいると気がつきにくいよね。むしろ気がつかないからこそ、心の平安があり安定しているのかもしれない。

べつに幸福が無くても、大きな幸が無くても、生きていれば嬉しいな。
と最近考えています。

2014年1月26日日曜日

日記

やはり日記的にこのブログを書いていこうと思う。

最近一日開いていると部屋の中で籠ってしまうことが多い。


寒いからからかな?


僕はとても影響されやすく、熱しやすく冷めやすいんだけど。それによってとても困ることも多いし、まあそれでいいのかなーと思ってることも多い。そしてよく達観したコメントを他人にしてしまいがちだけど、本人は些細なことでくよくよしてしまうことが多い。例えば、人に嫌われたくないとか、もっとすかれたいけど、どうすれば良いか分からないときとか、どうしようもなく、引きこもってしまって、一人でさみしくてどうしようもないときとか。

高校生のときにゴロゴロしながら気がついた、どうあがいてもどうにもならないんだなという気づきに結局戻ってくるわけで、そして、自分の気持ちには出来るだけ正直になれば良いけど、他人の気持ちはどうしようもないということにも戻ってくるんだよね。

ただそれで満足、というか、私は私でしかないし、無理に刺激を求めたりしないで満ち足りていればそれで万事オッケーな訳であるけど、そうは僕の問屋が下ろさないらしい。

どうしても「もっと」楽しいこと、「もっと」すかれる人、「もっと」いろんな人に会いたいし愛され、認められたい!と感じてしまいます。(きっとこの気持ちが文末の表現変化に影響したのだろう)

無欲な自分と刺激を求める自分。仙人と芸術家が自分の中にいてとっても困る。

どっちかにしてくれたらもっと人生楽なんだろう。

みんな何かを押さえて人生送ってるんだろうか?

よく耳にする僕に対する評価で「自由に生きてるよね」という事があるが、僕には到底信じられない。かなり抑制して、一般人の仮面をかぶり(汗でずれるけど)精一杯社会に合わせようとして生きているのに…だから僕は外国にいることが比較的好きなのかもしれない。本当に基本的なことさえ出来れば、よっぽどのことが無い限り殺されたりはせず、「ああ外国人だからしかたないよね」で片付けてもらえるからだ。しかし、ここ数ヶ月フィンランドに住んで、もっと深く理解してほしい!僕を発信したい!と面倒な欲望を感じ始めているもの確かではあるが。

でも結局、「めんどくさがりな自分」(最強キャラ)が出て来て何もせずにだらだらと時間を過ごしてしまう。そのことに後悔してみたりもする。そんな状況の時、僕の仙人は遠くの方に行ってしまっていて姿が見えない。

この後悔がどうしようもなく強くなり、胸が締め付けられるようになると、仙人がふと現れて、神に祈るよう要求してくる。
そうすると宇宙は広かったんだと気がつき、まあ楽になる。

いま自分の主な心の動きを考えてみたけど、我ながら堂々巡りをしているなーと感じる。
そしてこんな風に考えていたことはすぐに忘れてしまうのである。

お気楽なのか、繊細なのか、単なるめんどくさがり人間なのか。

忘れないためにここに書いておきたい。

2014年1月16日木曜日

満月

満月がとてもきれいだ

昼間おさぼり気味の太陽とちがって

月はてっぺんまで登って来てくれる

白い雪に跳ね返る白い光


うっすらと浮かび上がる森


たき火を焚いて、踊るかげ


透明である、不安と安心


冷たさの、心地よさと痛み

2013年12月11日水曜日

あいまいさと無責任と信仰

今日初めてムーミンの博物館に行ってみた!そこにあったパンフレットに載っていた、良い言葉。好きな感覚だな。


"Ajattelen juuri parhaillaan revontulia. Ei voi tietää, ovatko ne olemassa vai näkyvätkö ne vain. Kaikki on hyvin epävarmaa, ja juuri se tekee minut levolliseksi." -Tove Jansson, Taikatalvi, Tuutikki

「オーロラって、本当に存在しているのか、それとも見えているだけなのか、よくわからないなあ……。ものごとって、すべて、とてもあいまいなのよね。でも、だからこそわたし、安心していられるの」(たぶんムーミン谷の冬より引用)

“All things are so very uncertain, and that’s exactly what makes me feel reassured.” - Too-Ticky from Tove Jansson’s Moomin books



(パンフレットは最後の部分だけだし、言葉が若干違うけど、wikiに載っていたのを転載)日本語、英語もネットから拾い集めた。便利な時代…

ここまでFacebookに書いたことのコピペです。

この感覚、安心できる感じとても共感できるし、いいなーって思う。

それと同時に最近ってどんどん効率化されてそういうあいまいなことって意味の無いこと価値がないことのようになされているのかな?と一瞬考えた。

でもそれって、僕がただあいまいさに溺れることで無責任な自分を正当化させたいだけ?とも考えた。

最近出来ないことが多くてもどかしい。経験上ここで踏ん張れば成長できるんだろうけど、つらいからあきらめちゃう。




そんな次元とは違うことなのかな。このあいまいさって。あいまいさに身を委ねることって。

ヤンソンさんが言っているあいまいという意味、これは全てがきっちりしていて分かる状態の反対のことを言うのだろうな…英語のuncertainに近い感じ?

きっと前半で語った責任とかそういう薄っぺらいことではなくて、オーロラみながら言ってるんだから世界の認識的な話だろうな。

物事はとてもあいまい、不確定、不確実。
だから安心できる。

あるかないか分からないものにゆだねる。だから安心できる。

2013年10月14日月曜日

最近のツイッター炎上って・・・

なんかひどすぎるなと感じます。



馬鹿をやっている人だけでなく、それを制裁しようとする人・・・



ネットに公開し(密告)、制裁をする(店が閉店したり・・・)。




これって私刑じゃない?


とおもって検索してみたら、すでに書いている人いました。



インターネットと「私刑化」する社会

藤代 裕之 | ジャーナリスト
http://bylines.news.yahoo.co.jp/fujisiro/20130626-00025974/



そしてこの記事の中には糸井さんの2007年の予言のような記事のリンクが

「屁尾下郎」氏のツッコミが世の中を詰まらせる
糸井 重里
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20071023/138300/?rt=nocnt


 なるほどねー

2013年8月13日火曜日

印象的な話(バルト)

〜BBQで〜
ドイツ人男子学生がラトビア人男子学生にむかって
「フィンランドでマスター取るんだ!なるほど。で、卒業したらどうするつもりなの?就職?」

ラトビアの彼
「わからないし、決めてないね。そんなこと決めても将来、国、政府、自分の周りがどうなっているかなんて全く予想できないからね。ドイツ人は計画できる人生なんだろうね」

ドイツの彼
「うーん。そうかもね、でも僕は社会学をやってるけどお金にならないし、将来の見通しはないなw」

ラトビア
「じゃあ、ラトビアに来ると良いよ!」

一同
「笑」

2013年6月2日日曜日

人類学・生(なま)・アート

深夜Twitterであらぶったものを転載しておきます。後からまとまったものを書くかもね。


2013年5月10日金曜日

18歳のときの文章が面白かったので再録

このブログの過去倉庫を見ていたら、18歳(いまでは遠くに感じる)の時に書いた変な小説を読んで笑ってしまったので再録。

ICUにまだ入学していない頃の文章だ。
若いなって思う。


ここから

「小芝居」

「あら、ごきげんよう」
「お久しぶり!京子は元気だった?」
「ええ、元気過ぎて、千葉まで私のランボルギーニでボランティアに行ってきたわ」
「そうなの!すごいわね〜」
「コレがその時の写真よ」
「うわー京子って趣味変わんないわね。エルメスのガーデニングブーツとかw」
「いいじゃない!豊かな者は消費すべきでしょ?」
「そうかもしれないけど…全身ブランドで固めなくてもいいんじゃないの?」
「ふっ、アナタはどうせ買えないから僻んでるだけでしょ?」
「はぁ?違うわよ。私は、そんなものに価値を感じないだけよ」
「強がっちゃって。武子の悪い癖よ」
「で、なんで京子がこんな田舎にいるわけ?」
「ちょっと、新鮮な空気でも吸おうかと思ってね…」
「ふーん。優雅だこと。じゃ、私は息子を迎えに行く所だから。せいぜい楽しんでね」
「あ、武子、実は……」
武子、自転車で颯爽と去る
「はぁー行っちゃったわ」
「これ、あげようと思ってきたのに…」

京子の手には1キログラムの金塊が握られていた。

2013年2月26日火曜日

高校時代の辛い思ひで

高校自体に行くことでかなりメンタル鍛えられていたけど、もっとも精神的にきつかったのはやっぱり、公文式に通っていたころだろう。

僕はどうしても計算ができなかったし、コツコツ計算練習することが嫌いでできなかった。

小学校から算数はとても苦手だったわけだが(ほかの教科は100点なのに算数だけ50点台とか)
小学校で50点はやばい。

でもどうしても計算練習が苦手で、ごまかしながら、地元一の進学校に入ってしまった…

数学だけは最底辺の生活。

半分あきらめていたけど、高校は国公立行かない人は非国民って感じだったので、
ある程度のレベルの大学行くためには数学もできないといけなかった。

百ます計算ドリルとかも買ってみたけど、結局続かなくて、お金かけるしかないか…
と思い、公文に通うことにしました。


あー辛かったー


小学生でいっぱいの教室内に明らかにサイズオーバーな高校生…

しかも算数の最初の方やってるし。


小学生からめっちゃみられてた。今思えば。


当時は必死だったから、気にしないふりしてたけど。


辛かったなー


今の大学にに合格して、公文をやめることになったけど、あの頃ほんとに大変だったなあ。

2013年2月22日金曜日

SNSをちょっとやめてみる

静か-にいなくなるだけです。
物理的にもいなくなる(実家に帰る;ネット環境が悪い)
なんとなく疲れるので、しばらく離れていようと思います。

ただ、ブログは続けるよ!

僕はここの読者の人には一番やさしくしたいです。

2013年2月16日土曜日

伊勢丹!

最近、伊勢丹に出会う事が多い。
ここ三ヶ月ぐらいで3回は新宿伊勢丹に行ってると思う。よくよく考えると少ないけど、
自分にとっては多い。

新宿伊勢丹ってやっぱり他のデパートと違う。
(でもお弁当は大丸が好きで、お菓子は三越が好きで、パンは高島屋か三越に入ってるお店が好きです!)

なんかフロアの雰囲気とか、モノの配置、接客とか、

私たち、このモノ達が大好きです!が伝わって来て、しかもそれがうまく

東京的にアレンジ(洗練?)されていると思う。

あと、「似合う服」を見つけやすい気がするなー

特に男物の服とか、伊勢丹だとわがままがきく感じがする。


他の百貨店だとだいたいどこも「紳士服」っていうと入ってるものが似たり寄ったりしている気がするんだよね…
(おじさんっぽい?みたいな)


たしかに、原宿とか表参道に探しに行けばいいのかもしれないけど、
百貨店に集まっているからこそ見れるものってあるんじゃないかなと感じました。

2013年2月12日火曜日

筆不精

最近、ブログに全くアクセスして無かった。
というか、レポート以外で長めの文章書くとか久しぶりすぎる。
てか、いま、レポート積んでるのに、早く寝た方がよっぽどいいのに、こんなことしているのはなぜだろう。


えっと、最終更新日はいつ?.



2012年11月3日かー

思っていたよりも昔じゃないかも。

それからあったことを、まとめてみようかと思います。いっそのことだし。


 過去を振り返るのも時には必要。