2014年5月20日火曜日

根源的には人は孤独だけど

定期的にくるこの、私は社交性の無いダメ人間だと思うこの卑しい心の動き…つらい。結局打算でしか交友関係を考えていないの?と自らに問いたい。

BGMは何となくこれ。
友達を大切にしたい。

2014年5月7日水曜日

フィンランド語学習に便利なサイト一覧

この一年、フィンランド語を勉強してきて、お世話になったWebサイトを使った順に並べてみます。ほぼ自分用ですが、フィンランド語学習者には便利な情報かも知れませんね〜
今後も更新して行く予定です!

〜辞書〜

 wiktionary英語版
http://en.wiktionary.org/wiki/Wiktionary:Main_Page
 格変化の一覧や例文も適宜載っているのが便利!フィンランド語→英語として使用。ただ格変化は時々間違っているのが残念。まあフリーだから仕方ないね。

Google翻訳
https://translate.google.com/
 言わずと知れた。ただ、機械翻訳あるあるだけど、訳文がおかしな文章になってしまうことも多々。日本語と英語よりはうまくいってると思うけど。

Sanakirja.org
http://www.sanakirja.org/
英語→フィン語で使用。Googleで納得いかないときに使うけど、使ったところで納得いかないときも…

Verbix
http://www.verbix.com/languages/finnish.shtml
格変化が知りたくて、wiktionalyで怪しいときに使うツール。動詞のみ!


〜文法など〜

Uusi kielemme
http://www.uusikielemme.fi/index.html
フィンランド語文法に関して英語やスペイン語で解説したページ。私のサマースクールの先生(ベルギー人でフィンランド語が母国語ではない)が運営している。すごくすっきりと文法事項がまとめてあって、分かりやすい。


2014年2月11日火曜日

良き思い出は心の宝

花嫁のれんっていう東海テレビの昼ドラがあります。
舞台は金沢の老舗料理旅館でそこに嫁入りしたよそ者の若女将がいろんなハプニングを乗り越えるっていうとてもよくあるわかりやすい昼ドラです。
その中で野際さん演ずる女将がよく言う言葉に、
「良き思い出は心の宝」という言葉があり、このドラマの軸テーマになっているような感じです。


第二シーズン最終回では人生の苦しみや厳しさがあるからこそ、良い思い出は宝となりうるという話がありました。

こういう言葉もよく目にしますよね。

でも最近20年生きて来てちょっとだけ身をもってそのことが分かるようになって来た気がします。

就活のことをぼんやり考え始めいろんな採用情報を眺めていたりしますが、
僕はどうもサービス業や接客業に興味がありそうだなと思っています。

自分以外の人の良き思い出に立ち会いたい。協力したいというおせっかいな気持ちが強いように思います。

パーティーとか他人の旅行とか、博物館の展示とか、見る人訪れる人がどうやったら楽しく過ごせるのか考え、フォローすることを考えることはかなり好きです。旅行の計画を考えるのが旅行よりもドキドキするという人は結構いると思いますが、僕は自分以外の人のことを考えながら計画するのも結構好きです。

ただ、これまでいろいろ失敗したなと感じたことも多々あります。
その失敗の多くが、相手の立場に立っていない、相手がなにを求めているのか見えていないことが原因ですね。

それって突き詰めれば、「相手は何を考えているか」になると思うのですが、それってとても分かりにくいし、常に変化していることでもあります。

2014年1月27日月曜日

考えの変化

このブログの最も読まれている記事一位に未だ居座っているこちらの記事
http://ukihoku.blogspot.fi/2012/08/blog-post.html
ですが、今は少しずつ根本の考え方が変わって来たな、と感じでいます。

そもそも幸福ってなんだ?
幸せってなに?


って考えるようになった。

刹那的に「いいなー」とか「幸せ」 とか「安らぎ」とかを感じることはあるけれども、
それって幸福なのだろうか?

安全で安定していることは不安定から見れば幸福なのかもしれないけど、その状態のさなかにいると気がつきにくいよね。むしろ気がつかないからこそ、心の平安があり安定しているのかもしれない。

べつに幸福が無くても、大きな幸が無くても、生きていれば嬉しいな。
と最近考えています。

2014年1月26日日曜日

日記

やはり日記的にこのブログを書いていこうと思う。

最近一日開いていると部屋の中で籠ってしまうことが多い。


寒いからからかな?


僕はとても影響されやすく、熱しやすく冷めやすいんだけど。それによってとても困ることも多いし、まあそれでいいのかなーと思ってることも多い。そしてよく達観したコメントを他人にしてしまいがちだけど、本人は些細なことでくよくよしてしまうことが多い。例えば、人に嫌われたくないとか、もっとすかれたいけど、どうすれば良いか分からないときとか、どうしようもなく、引きこもってしまって、一人でさみしくてどうしようもないときとか。

高校生のときにゴロゴロしながら気がついた、どうあがいてもどうにもならないんだなという気づきに結局戻ってくるわけで、そして、自分の気持ちには出来るだけ正直になれば良いけど、他人の気持ちはどうしようもないということにも戻ってくるんだよね。

ただそれで満足、というか、私は私でしかないし、無理に刺激を求めたりしないで満ち足りていればそれで万事オッケーな訳であるけど、そうは僕の問屋が下ろさないらしい。

どうしても「もっと」楽しいこと、「もっと」すかれる人、「もっと」いろんな人に会いたいし愛され、認められたい!と感じてしまいます。(きっとこの気持ちが文末の表現変化に影響したのだろう)

無欲な自分と刺激を求める自分。仙人と芸術家が自分の中にいてとっても困る。

どっちかにしてくれたらもっと人生楽なんだろう。

みんな何かを押さえて人生送ってるんだろうか?

よく耳にする僕に対する評価で「自由に生きてるよね」という事があるが、僕には到底信じられない。かなり抑制して、一般人の仮面をかぶり(汗でずれるけど)精一杯社会に合わせようとして生きているのに…だから僕は外国にいることが比較的好きなのかもしれない。本当に基本的なことさえ出来れば、よっぽどのことが無い限り殺されたりはせず、「ああ外国人だからしかたないよね」で片付けてもらえるからだ。しかし、ここ数ヶ月フィンランドに住んで、もっと深く理解してほしい!僕を発信したい!と面倒な欲望を感じ始めているもの確かではあるが。

でも結局、「めんどくさがりな自分」(最強キャラ)が出て来て何もせずにだらだらと時間を過ごしてしまう。そのことに後悔してみたりもする。そんな状況の時、僕の仙人は遠くの方に行ってしまっていて姿が見えない。

この後悔がどうしようもなく強くなり、胸が締め付けられるようになると、仙人がふと現れて、神に祈るよう要求してくる。
そうすると宇宙は広かったんだと気がつき、まあ楽になる。

いま自分の主な心の動きを考えてみたけど、我ながら堂々巡りをしているなーと感じる。
そしてこんな風に考えていたことはすぐに忘れてしまうのである。

お気楽なのか、繊細なのか、単なるめんどくさがり人間なのか。

忘れないためにここに書いておきたい。

2014年1月16日木曜日

満月

満月がとてもきれいだ

昼間おさぼり気味の太陽とちがって

月はてっぺんまで登って来てくれる

白い雪に跳ね返る白い光


うっすらと浮かび上がる森


たき火を焚いて、踊るかげ


透明である、不安と安心


冷たさの、心地よさと痛み