寝れない夜
君も同じく窓辺にいるだろうか
それともぐっすり寝ているだろうか
静かにおもうにとどめておこう
きっとそれが一番よいのだ
アゴタ・クリストフ自身、あるヨーロッパの雑誌の取材に答えて、『悪童日記』では、戦火のなかで過ごした自分の少女時代の思い出をもとに子供について書いたのであって、戦争はどちらかというと、極限状態をリアルに設定するための口実だったと述べている (p298-299アゴタ・クリストフ、堀茂樹訳『ふたりの証拠』ハヤカワepi文庫、早川書房2001年)
最近ピアノ曲ばかり聞いている
もっぱらリストとサティ…
なぜだろう。
この二人ってピアノを弾くとき同じような難しさがあるんじゃないかな…おれ、ピアノ弾けないから知らんけど
リストは超絶技巧が、注目されがちだけど、感情をのせるのが難しい、でも感傷的な曲を結構書いてると思う…そんな偉そうなこと言えんけど…サティ的なというか…やり過ぎても薄っぺらくなるけど、ただ譜面通り引いても面白味がないというか…それはどんな曲でもそうか…
ジムノペディとか郷愁とか…有名どころしか知らんけど。、そのあたり?
それはさておき
サティだけが今の僕に寄り添ってくれる気がしてます…
だからなんやねーん!
愛とは同じ方向を向くものだと誰かが言っていた気がする。
そうなのかな
時々目配せしてほしい
目配せを待ったり、こっちを見てくれるのを待つことは愛ではないの?
あまりに長いと辛くなるけど
愛であってほしい
愛であるうちにどうにかしてほしい(笑)
路線図を広げてみると、たくさんの地名が並んでいる。その多くは自分にとってなんの意味も無い、ニュートラルな地名である。
地名はただそこに印刷されているだけであって、感情は伴わない。「情報」として流れていくだけである。
しかし、目に飛び込んでくる地名もある。一度訪れた場所や思い出がある場所の地名。そこには感情や記憶が想起される。
そうやって、だんだんと意味のある地名が増えていくことが、とてもうれしい。
しかし、年を取ることや記憶が増えることは、必ずしも良いことばかりだとも
言えないかもしれない…
カミュの言葉1「貧者の記憶というものはもうそれだけで裕福な者の記憶ほど充実していない。なぜなら貧者は滅多に生活している場所を離れないので空間における指標が少ないからだし、また一様で、灰色の生活の時間の中にも指標が少ないからである... 2へつづく
— Yu m (@ukihoku) 2015, 8月 1
カミュの言葉2「...もちろんこの上なく確実だと言えるような心の琴線に触れる記憶もあるのだが、心が苦しみや労働ですり減ってしまうので、疲労の重みの下で、それもすぐに忘れられてしまうのだ。失われた時が蘇るのは裕福な者のうちでしかない... 3へつづく
— Yu m (@ukihoku) 2015, 8月 1
カミュの言葉3「...貧者にとっては、失われた時はただ死に向かう道の漠とした道標だけである。それに、首尾よく耐えていくためには、あまりたくさんの記憶は必要ない。彼の母親が恐らくやむを得ずそうしていたように、一時間一時間過ぎ去る日々にぴったり身を寄せている必要があった。」4へ続く
— Yu m (@ukihoku) 2015, 8月 1
カミュの言葉4 出典『最初の人間』アルベール・カミュ、大久保敏彦訳 新潮社 1996 p.78 そう…貧しいものにとって記憶、言葉は無視できるものとなりうる。特に正直で一生懸命な貧しきものにとっては。
— Yu m (@ukihoku) 2015, 8月 1
性懲りもなく、カミュの言葉「そしてかくして知ったのだった。一人の人間に勝つことは相手に負けることと同じくらい苦いものだから、戦争はよくないということを。」(アルベール・カミュ『最初の人間』1996新潮社 p.141)
— Yu m (@ukihoku) 2015, 8月 3
カミュの言葉「貧乏な子供がときとして、決して何かを羨んでいるわけではないにしろ、恥ずかしさを感ずることががあるということをどうして理解してもらえるだろうか?」」(アルベール・カミュ『最初の人間』p182新潮社1996)
— Yu m (@ukihoku) 2015, 8月 7
貧者の記憶というものはもうそれだけで裕福な者の記憶ほど充実していない。なぜなら貧者は滅多に生活している場所を離れないので空間における指標が少ないからだし、また一様で、灰色の生活の時間の中にも指標が少ないからである。もちろんこの上なく確実だと言えるような心の琴線に触れる記憶もあるのだが、心が苦しみや労働ですり減ってしまうので、疲労の重みの下で、それもすぐに忘れられてしまうのだ。失われた時が蘇るのは裕福な者のうちでしかない。貧者にとっては、失われた時はただ死に向かう道の漠とした道標だけである。それに、首尾よく耐えていくためには、あまりたくさんの記憶は必要ない。彼の母親が恐らくやむを得ずそうしていたように、一時間一時間過ぎ去る日々にぴったり身を寄せている必要があった。『最初の人間』アルベール・カミュ 大久保敏彦訳 新潮社1996 p.78
カミュの言葉4 出典『最初の人間』アルベール・カミュ、大久保敏彦訳 新潮社 1996 p.78 そう…貧しいものにとって記憶、言葉は無視できるものとなりうる。特に正直で一生懸命な貧しきものにとっては。
— Yu m (@ukihoku) 2015, 8月 1