花嫁のれんっていう東海テレビの昼ドラがあります。
舞台は金沢の老舗料理旅館でそこに嫁入りしたよそ者の若女将がいろんなハプニングを乗り越えるっていうとてもよくあるわかりやすい昼ドラです。
その中で野際さん演ずる女将がよく言う言葉に、
「良き思い出は心の宝」という言葉があり、このドラマの軸テーマになっているような感じです。
第二シーズン最終回では人生の苦しみや厳しさがあるからこそ、良い思い出は宝となりうるという話がありました。
こういう言葉もよく目にしますよね。
でも最近20年生きて来てちょっとだけ身をもってそのことが分かるようになって来た気がします。
就活のことをぼんやり考え始めいろんな採用情報を眺めていたりしますが、
僕はどうもサービス業や接客業に興味がありそうだなと思っています。
自分以外の人の良き思い出に立ち会いたい。協力したいというおせっかいな気持ちが強いように思います。
パーティーとか他人の旅行とか、博物館の展示とか、見る人訪れる人がどうやったら楽しく過ごせるのか考え、フォローすることを考えることはかなり好きです。旅行の計画を考えるのが旅行よりもドキドキするという人は結構いると思いますが、僕は自分以外の人のことを考えながら計画するのも結構好きです。
ただ、これまでいろいろ失敗したなと感じたことも多々あります。
その失敗の多くが、相手の立場に立っていない、相手がなにを求めているのか見えていないことが原因ですね。
それって突き詰めれば、「相手は何を考えているか」になると思うのですが、それってとても分かりにくいし、常に変化していることでもあります。
2014年2月11日火曜日
2014年1月27日月曜日
考えの変化
このブログの最も読まれている記事一位に未だ居座っているこちらの記事
http://ukihoku.blogspot.fi/2012/08/blog-post.html
ですが、今は少しずつ根本の考え方が変わって来たな、と感じでいます。
そもそも幸福ってなんだ?
幸せってなに?
って考えるようになった。
刹那的に「いいなー」とか「幸せ」 とか「安らぎ」とかを感じることはあるけれども、
それって幸福なのだろうか?
安全で安定していることは不安定から見れば幸福なのかもしれないけど、その状態のさなかにいると気がつきにくいよね。むしろ気がつかないからこそ、心の平安があり安定しているのかもしれない。
べつに幸福が無くても、大きな幸が無くても、生きていれば嬉しいな。
と最近考えています。
http://ukihoku.blogspot.fi/2012/08/blog-post.html
ですが、今は少しずつ根本の考え方が変わって来たな、と感じでいます。
そもそも幸福ってなんだ?
幸せってなに?
って考えるようになった。
刹那的に「いいなー」とか「幸せ」 とか「安らぎ」とかを感じることはあるけれども、
それって幸福なのだろうか?
安全で安定していることは不安定から見れば幸福なのかもしれないけど、その状態のさなかにいると気がつきにくいよね。むしろ気がつかないからこそ、心の平安があり安定しているのかもしれない。
べつに幸福が無くても、大きな幸が無くても、生きていれば嬉しいな。
と最近考えています。
2014年1月26日日曜日
日記
やはり日記的にこのブログを書いていこうと思う。
最近一日開いていると部屋の中で籠ってしまうことが多い。
寒いからからかな?
僕はとても影響されやすく、熱しやすく冷めやすいんだけど。それによってとても困ることも多いし、まあそれでいいのかなーと思ってることも多い。そしてよく達観したコメントを他人にしてしまいがちだけど、本人は些細なことでくよくよしてしまうことが多い。例えば、人に嫌われたくないとか、もっとすかれたいけど、どうすれば良いか分からないときとか、どうしようもなく、引きこもってしまって、一人でさみしくてどうしようもないときとか。
高校生のときにゴロゴロしながら気がついた、どうあがいてもどうにもならないんだなという気づきに結局戻ってくるわけで、そして、自分の気持ちには出来るだけ正直になれば良いけど、他人の気持ちはどうしようもないということにも戻ってくるんだよね。
ただそれで満足、というか、私は私でしかないし、無理に刺激を求めたりしないで満ち足りていればそれで万事オッケーな訳であるけど、そうは僕の問屋が下ろさないらしい。
どうしても「もっと」楽しいこと、「もっと」すかれる人、「もっと」いろんな人に会いたいし愛され、認められたい!と感じてしまいます。(きっとこの気持ちが文末の表現変化に影響したのだろう)
無欲な自分と刺激を求める自分。仙人と芸術家が自分の中にいてとっても困る。
どっちかにしてくれたらもっと人生楽なんだろう。
みんな何かを押さえて人生送ってるんだろうか?
よく耳にする僕に対する評価で「自由に生きてるよね」という事があるが、僕には到底信じられない。かなり抑制して、一般人の仮面をかぶり(汗でずれるけど)精一杯社会に合わせようとして生きているのに…だから僕は外国にいることが比較的好きなのかもしれない。本当に基本的なことさえ出来れば、よっぽどのことが無い限り殺されたりはせず、「ああ外国人だからしかたないよね」で片付けてもらえるからだ。しかし、ここ数ヶ月フィンランドに住んで、もっと深く理解してほしい!僕を発信したい!と面倒な欲望を感じ始めているもの確かではあるが。
でも結局、「めんどくさがりな自分」(最強キャラ)が出て来て何もせずにだらだらと時間を過ごしてしまう。そのことに後悔してみたりもする。そんな状況の時、僕の仙人は遠くの方に行ってしまっていて姿が見えない。
この後悔がどうしようもなく強くなり、胸が締め付けられるようになると、仙人がふと現れて、神に祈るよう要求してくる。
そうすると宇宙は広かったんだと気がつき、まあ楽になる。
いま自分の主な心の動きを考えてみたけど、我ながら堂々巡りをしているなーと感じる。
そしてこんな風に考えていたことはすぐに忘れてしまうのである。
お気楽なのか、繊細なのか、単なるめんどくさがり人間なのか。
忘れないためにここに書いておきたい。
最近一日開いていると部屋の中で籠ってしまうことが多い。
寒いからからかな?
僕はとても影響されやすく、熱しやすく冷めやすいんだけど。それによってとても困ることも多いし、まあそれでいいのかなーと思ってることも多い。そしてよく達観したコメントを他人にしてしまいがちだけど、本人は些細なことでくよくよしてしまうことが多い。例えば、人に嫌われたくないとか、もっとすかれたいけど、どうすれば良いか分からないときとか、どうしようもなく、引きこもってしまって、一人でさみしくてどうしようもないときとか。
高校生のときにゴロゴロしながら気がついた、どうあがいてもどうにもならないんだなという気づきに結局戻ってくるわけで、そして、自分の気持ちには出来るだけ正直になれば良いけど、他人の気持ちはどうしようもないということにも戻ってくるんだよね。
ただそれで満足、というか、私は私でしかないし、無理に刺激を求めたりしないで満ち足りていればそれで万事オッケーな訳であるけど、そうは僕の問屋が下ろさないらしい。
どうしても「もっと」楽しいこと、「もっと」すかれる人、「もっと」いろんな人に会いたいし愛され、認められたい!と感じてしまいます。(きっとこの気持ちが文末の表現変化に影響したのだろう)
無欲な自分と刺激を求める自分。仙人と芸術家が自分の中にいてとっても困る。
どっちかにしてくれたらもっと人生楽なんだろう。
みんな何かを押さえて人生送ってるんだろうか?
よく耳にする僕に対する評価で「自由に生きてるよね」という事があるが、僕には到底信じられない。かなり抑制して、一般人の仮面をかぶり(汗でずれるけど)精一杯社会に合わせようとして生きているのに…だから僕は外国にいることが比較的好きなのかもしれない。本当に基本的なことさえ出来れば、よっぽどのことが無い限り殺されたりはせず、「ああ外国人だからしかたないよね」で片付けてもらえるからだ。しかし、ここ数ヶ月フィンランドに住んで、もっと深く理解してほしい!僕を発信したい!と面倒な欲望を感じ始めているもの確かではあるが。
でも結局、「めんどくさがりな自分」(最強キャラ)が出て来て何もせずにだらだらと時間を過ごしてしまう。そのことに後悔してみたりもする。そんな状況の時、僕の仙人は遠くの方に行ってしまっていて姿が見えない。
この後悔がどうしようもなく強くなり、胸が締め付けられるようになると、仙人がふと現れて、神に祈るよう要求してくる。
そうすると宇宙は広かったんだと気がつき、まあ楽になる。
いま自分の主な心の動きを考えてみたけど、我ながら堂々巡りをしているなーと感じる。
そしてこんな風に考えていたことはすぐに忘れてしまうのである。
お気楽なのか、繊細なのか、単なるめんどくさがり人間なのか。
忘れないためにここに書いておきたい。
2014年1月16日木曜日
満月
満月がとてもきれいだ
昼間おさぼり気味の太陽とちがって
月はてっぺんまで登って来てくれる
白い雪に跳ね返る白い光
うっすらと浮かび上がる森
たき火を焚いて、踊るかげ
透明である、不安と安心
冷たさの、心地よさと痛み
昼間おさぼり気味の太陽とちがって
月はてっぺんまで登って来てくれる
白い雪に跳ね返る白い光
うっすらと浮かび上がる森
たき火を焚いて、踊るかげ
透明である、不安と安心
冷たさの、心地よさと痛み
2013年12月11日水曜日
あいまいさと無責任と信仰
今日初めてムーミンの博物館に行ってみた!そこにあったパンフレットに載っていた、良い言葉。好きな感覚だな。
"Ajattelen juuri parhaillaan revontulia. Ei voi tietää, ovatko ne olemassa vai näkyvätkö ne vain. Kaikki on hyvin epävarmaa, ja juuri se tekee minut levolliseksi." -Tove Jansson, Taikatalvi, Tuutikki
「オーロラって、本当に存在しているのか、それとも見えているだけなのか、よくわからないなあ……。ものごとって、すべて、とてもあいまいなのよね。でも、だからこそわたし、安心していられるの」(たぶんムーミン谷の冬より引用)
“All things are so very uncertain, and that’s exactly what makes me feel reassured.” - Too-Ticky from Tove Jansson’s Moomin books
(パンフレットは最後の部分だけだし、言葉が若干違うけど、wikiに載っていたのを転載)日本語、英語もネットから拾い集めた。便利な時代…
ここまでFacebookに書いたことのコピペです。
この感覚、安心できる感じとても共感できるし、いいなーって思う。
それと同時に最近ってどんどん効率化されてそういうあいまいなことって意味の無いこと価値がないことのようになされているのかな?と一瞬考えた。
でもそれって、僕がただあいまいさに溺れることで無責任な自分を正当化させたいだけ?とも考えた。
最近出来ないことが多くてもどかしい。経験上ここで踏ん張れば成長できるんだろうけど、つらいからあきらめちゃう。
そんな次元とは違うことなのかな。このあいまいさって。あいまいさに身を委ねることって。
ヤンソンさんが言っているあいまいという意味、これは全てがきっちりしていて分かる状態の反対のことを言うのだろうな…英語のuncertainに近い感じ?
きっと前半で語った責任とかそういう薄っぺらいことではなくて、オーロラみながら言ってるんだから世界の認識的な話だろうな。
物事はとてもあいまい、不確定、不確実。
だから安心できる。
あるかないか分からないものにゆだねる。だから安心できる。
"Ajattelen juuri parhaillaan revontulia. Ei voi tietää, ovatko ne olemassa vai näkyvätkö ne vain. Kaikki on hyvin epävarmaa, ja juuri se tekee minut levolliseksi." -Tove Jansson, Taikatalvi, Tuutikki
「オーロラって、本当に存在しているのか、それとも見えているだけなのか、よくわからないなあ……。ものごとって、すべて、とてもあいまいなのよね。でも、だからこそわたし、安心していられるの」(たぶんムーミン谷の冬より引用)
“All things are so very uncertain, and that’s exactly what makes me feel reassured.” - Too-Ticky from Tove Jansson’s Moomin books
(パンフレットは最後の部分だけだし、言葉が若干違うけど、wikiに載っていたのを転載)日本語、英語もネットから拾い集めた。便利な時代…
ここまでFacebookに書いたことのコピペです。
この感覚、安心できる感じとても共感できるし、いいなーって思う。
それと同時に最近ってどんどん効率化されてそういうあいまいなことって意味の無いこと価値がないことのようになされているのかな?と一瞬考えた。
でもそれって、僕がただあいまいさに溺れることで無責任な自分を正当化させたいだけ?とも考えた。
最近出来ないことが多くてもどかしい。経験上ここで踏ん張れば成長できるんだろうけど、つらいからあきらめちゃう。
そんな次元とは違うことなのかな。このあいまいさって。あいまいさに身を委ねることって。
ヤンソンさんが言っているあいまいという意味、これは全てがきっちりしていて分かる状態の反対のことを言うのだろうな…英語のuncertainに近い感じ?
きっと前半で語った責任とかそういう薄っぺらいことではなくて、オーロラみながら言ってるんだから世界の認識的な話だろうな。
物事はとてもあいまい、不確定、不確実。
だから安心できる。
あるかないか分からないものにゆだねる。だから安心できる。
2013年10月14日月曜日
最近のツイッター炎上って・・・
なんかひどすぎるなと感じます。
馬鹿をやっている人だけでなく、それを制裁しようとする人・・・
ネットに公開し(密告)、制裁をする(店が閉店したり・・・)。
これって私刑じゃない?
とおもって検索してみたら、すでに書いている人いました。
インターネットと「私刑化」する社会
藤代 裕之 | ジャーナリスト
http://bylines.news.yahoo.co.jp/fujisiro/20130626-00025974/
そしてこの記事の中には糸井さんの2007年の予言のような記事のリンクが
「屁尾下郎」氏のツッコミが世の中を詰まらせる
なるほどねー
馬鹿をやっている人だけでなく、それを制裁しようとする人・・・
ネットに公開し(密告)、制裁をする(店が閉店したり・・・)。
これって私刑じゃない?
とおもって検索してみたら、すでに書いている人いました。
インターネットと「私刑化」する社会
藤代 裕之 | ジャーナリスト
http://bylines.news.yahoo.co.jp/fujisiro/20130626-00025974/
そしてこの記事の中には糸井さんの2007年の予言のような記事のリンクが
「屁尾下郎」氏のツッコミが世の中を詰まらせる
糸井 重里
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20071023/138300/?rt=nocntなるほどねー
2013年8月13日火曜日
印象的な話(バルト)
〜BBQで〜
ドイツ人男子学生がラトビア人男子学生にむかって
「フィンランドでマスター取るんだ!なるほど。で、卒業したらどうするつもりなの?就職?」
ラトビアの彼
「わからないし、決めてないね。そんなこと決めても将来、国、政府、自分の周りがどうなっているかなんて全く予想できないからね。ドイツ人は計画できる人生なんだろうね」
ドイツの彼
「うーん。そうかもね、でも僕は社会学をやってるけどお金にならないし、将来の見通しはないなw」
ラトビア
「じゃあ、ラトビアに来ると良いよ!」
一同
「笑」
ドイツ人男子学生がラトビア人男子学生にむかって
「フィンランドでマスター取るんだ!なるほど。で、卒業したらどうするつもりなの?就職?」
ラトビアの彼
「わからないし、決めてないね。そんなこと決めても将来、国、政府、自分の周りがどうなっているかなんて全く予想できないからね。ドイツ人は計画できる人生なんだろうね」
ドイツの彼
「うーん。そうかもね、でも僕は社会学をやってるけどお金にならないし、将来の見通しはないなw」
ラトビア
「じゃあ、ラトビアに来ると良いよ!」
一同
「笑」
2013年6月2日日曜日
人類学・生(なま)・アート
深夜Twitterであらぶったものを転載しておきます。後からまとまったものを書くかもね。
撮影は平日で240人、120秒に1人のペース、昨日はかなりペースを上げ100秒に1人の撮影、トータルで290人が1日で撮影可能と記録更新。サービスの一環だと思ってやり始めたが、プリクラ会場化していて、、、何回も入館できるチケットですので展示もJRの思いも少しは読んで欲しいと思う
— ワタリウム美術館, WATARI-UMさん (@watarium) 2013年6月1日
僕もワタリウムの今日の様子見てちょっと思った。JRのしようとしてることはとってもクリティカルで胸に迫ることなのに…生を露出させること。僕が人類学勉強してるからよけいに感じるのかもしれないけど。
— Ymさん (@ukihoku) 2013年6月1日
人類学の文体にも大きく分けて2つの書体がある。出来るだけ「客観的」視点から書こうとつとめるもの。出来るだけ「生」の感覚を共感を持って受け入れてもらおうとして書く文体。後者は小説みたいだとちょっと馬鹿にされるけど、異文化は心の奥で共感しなければ受け入れられないと思う。
— Ymさん (@ukihoku) 2013年6月1日
共感を持って異文化を体感するためには、神的な(超越的な)視点からの描写では伝わらなくて、どうしても泥まみれの、ステレオタイプにある程度囲まれた視点が必要だと思う。
— Ymさん (@ukihoku) 2013年6月1日
でもそれは学問の領域を超えたもの。つまり今回のJRみたいにアートがになうものなのかもしれない。でもやはり、学問的な後ろ盾も強力だと思うんだけどなぁ
— Ymさん (@ukihoku) 2013年6月1日
2013年5月10日金曜日
18歳のときの文章が面白かったので再録
このブログの過去倉庫を見ていたら、18歳(いまでは遠くに感じる)の時に書いた変な小説を読んで笑ってしまったので再録。
ICUにまだ入学していない頃の文章だ。
若いなって思う。
ここから
「小芝居」
「あら、ごきげんよう」
「お久しぶり!京子は元気だった?」
「ええ、元気過ぎて、千葉まで私のランボルギーニでボランティアに行ってきたわ」
「そうなの!すごいわね〜」
「コレがその時の写真よ」
「うわー京子って趣味変わんないわね。エルメスのガーデニングブーツとかw」
「いいじゃない!豊かな者は消費すべきでしょ?」
「そうかもしれないけど…全身ブランドで固めなくてもいいんじゃないの?」
「ふっ、アナタはどうせ買えないから僻んでるだけでしょ?」
「はぁ?違うわよ。私は、そんなものに価値を感じないだけよ」
「強がっちゃって。武子の悪い癖よ」
「で、なんで京子がこんな田舎にいるわけ?」
「ちょっと、新鮮な空気でも吸おうかと思ってね…」
「ふーん。優雅だこと。じゃ、私は息子を迎えに行く所だから。せいぜい楽しんでね」
「あ、武子、実は……」
武子、自転車で颯爽と去る
「はぁー行っちゃったわ」
「これ、あげようと思ってきたのに…」
京子の手には1キログラムの金塊が握られていた。
ICUにまだ入学していない頃の文章だ。
若いなって思う。
ここから
「小芝居」
「あら、ごきげんよう」
「お久しぶり!京子は元気だった?」
「ええ、元気過ぎて、千葉まで私のランボルギーニでボランティアに行ってきたわ」
「そうなの!すごいわね〜」
「コレがその時の写真よ」
「うわー京子って趣味変わんないわね。エルメスのガーデニングブーツとかw」
「いいじゃない!豊かな者は消費すべきでしょ?」
「そうかもしれないけど…全身ブランドで固めなくてもいいんじゃないの?」
「ふっ、アナタはどうせ買えないから僻んでるだけでしょ?」
「はぁ?違うわよ。私は、そんなものに価値を感じないだけよ」
「強がっちゃって。武子の悪い癖よ」
「で、なんで京子がこんな田舎にいるわけ?」
「ちょっと、新鮮な空気でも吸おうかと思ってね…」
「ふーん。優雅だこと。じゃ、私は息子を迎えに行く所だから。せいぜい楽しんでね」
「あ、武子、実は……」
武子、自転車で颯爽と去る
「はぁー行っちゃったわ」
「これ、あげようと思ってきたのに…」
京子の手には1キログラムの金塊が握られていた。
2013年2月26日火曜日
高校時代の辛い思ひで
高校自体に行くことでかなりメンタル鍛えられていたけど、もっとも精神的にきつかったのはやっぱり、公文式に通っていたころだろう。
僕はどうしても計算ができなかったし、コツコツ計算練習することが嫌いでできなかった。
小学校から算数はとても苦手だったわけだが(ほかの教科は100点なのに算数だけ50点台とか)
小学校で50点はやばい。
でもどうしても計算練習が苦手で、ごまかしながら、地元一の進学校に入ってしまった…
数学だけは最底辺の生活。
半分あきらめていたけど、高校は国公立行かない人は非国民って感じだったので、
ある程度のレベルの大学行くためには数学もできないといけなかった。
百ます計算ドリルとかも買ってみたけど、結局続かなくて、お金かけるしかないか…
と思い、公文に通うことにしました。
あー辛かったー
小学生でいっぱいの教室内に明らかにサイズオーバーな高校生…
しかも算数の最初の方やってるし。
小学生からめっちゃみられてた。今思えば。
当時は必死だったから、気にしないふりしてたけど。
辛かったなー
今の大学にに合格して、公文をやめることになったけど、あの頃ほんとに大変だったなあ。
僕はどうしても計算ができなかったし、コツコツ計算練習することが嫌いでできなかった。
小学校から算数はとても苦手だったわけだが(ほかの教科は100点なのに算数だけ50点台とか)
小学校で50点はやばい。
でもどうしても計算練習が苦手で、ごまかしながら、地元一の進学校に入ってしまった…
数学だけは最底辺の生活。
半分あきらめていたけど、高校は国公立行かない人は非国民って感じだったので、
ある程度のレベルの大学行くためには数学もできないといけなかった。
百ます計算ドリルとかも買ってみたけど、結局続かなくて、お金かけるしかないか…
と思い、公文に通うことにしました。
あー辛かったー
小学生でいっぱいの教室内に明らかにサイズオーバーな高校生…
しかも算数の最初の方やってるし。
小学生からめっちゃみられてた。今思えば。
当時は必死だったから、気にしないふりしてたけど。
辛かったなー
今の大学にに合格して、公文をやめることになったけど、あの頃ほんとに大変だったなあ。
2013年2月22日金曜日
SNSをちょっとやめてみる
静か-にいなくなるだけです。
物理的にもいなくなる(実家に帰る;ネット環境が悪い)
なんとなく疲れるので、しばらく離れていようと思います。
ただ、ブログは続けるよ!
僕はここの読者の人には一番やさしくしたいです。
物理的にもいなくなる(実家に帰る;ネット環境が悪い)
なんとなく疲れるので、しばらく離れていようと思います。
ただ、ブログは続けるよ!
僕はここの読者の人には一番やさしくしたいです。
2013年2月16日土曜日
伊勢丹!
最近、伊勢丹に出会う事が多い。
ここ三ヶ月ぐらいで3回は新宿伊勢丹に行ってると思う。よくよく考えると少ないけど、
自分にとっては多い。
新宿伊勢丹ってやっぱり他のデパートと違う。
(でもお弁当は大丸が好きで、お菓子は三越が好きで、パンは高島屋か三越に入ってるお店が好きです!)
なんかフロアの雰囲気とか、モノの配置、接客とか、
私たち、このモノ達が大好きです!が伝わって来て、しかもそれがうまく
東京的にアレンジ(洗練?)されていると思う。
あと、「似合う服」を見つけやすい気がするなー
特に男物の服とか、伊勢丹だとわがままがきく感じがする。
他の百貨店だとだいたいどこも「紳士服」っていうと入ってるものが似たり寄ったりしている気がするんだよね…
(おじさんっぽい?みたいな)
たしかに、原宿とか表参道に探しに行けばいいのかもしれないけど、
百貨店に集まっているからこそ見れるものってあるんじゃないかなと感じました。
ここ三ヶ月ぐらいで3回は新宿伊勢丹に行ってると思う。よくよく考えると少ないけど、
自分にとっては多い。
新宿伊勢丹ってやっぱり他のデパートと違う。
(でもお弁当は大丸が好きで、お菓子は三越が好きで、パンは高島屋か三越に入ってるお店が好きです!)
なんかフロアの雰囲気とか、モノの配置、接客とか、
私たち、このモノ達が大好きです!が伝わって来て、しかもそれがうまく
東京的にアレンジ(洗練?)されていると思う。
あと、「似合う服」を見つけやすい気がするなー
特に男物の服とか、伊勢丹だとわがままがきく感じがする。
他の百貨店だとだいたいどこも「紳士服」っていうと入ってるものが似たり寄ったりしている気がするんだよね…
(おじさんっぽい?みたいな)
たしかに、原宿とか表参道に探しに行けばいいのかもしれないけど、
百貨店に集まっているからこそ見れるものってあるんじゃないかなと感じました。
2013年2月12日火曜日
筆不精
最近、ブログに全くアクセスして無かった。
というか、レポート以外で長めの文章書くとか久しぶりすぎる。
てか、いま、レポート積んでるのに、早く寝た方がよっぽどいいのに、こんなことしているのはなぜだろう。
えっと、最終更新日はいつ?.
というか、レポート以外で長めの文章書くとか久しぶりすぎる。
てか、いま、レポート積んでるのに、早く寝た方がよっぽどいいのに、こんなことしているのはなぜだろう。
えっと、最終更新日はいつ?.
2012年11月3日かー
思っていたよりも昔じゃないかも。
それからあったことを、まとめてみようかと思います。いっそのことだし。
過去を振り返るのも時には必要。
2012年10月28日日曜日
アロー!みんな元気?
アローボジューモイ!
みんな元気ですか?おれは元気ないです。
でもさっき美味しいケーキを食べたのでちょっと元気です。
今日は学祭関係、レポート関係でいろんなことをする必要があるのですが、
なんかなんにも進んでいません。
さあ、やろう!
みんな元気ですか?おれは元気ないです。
でもさっき美味しいケーキを食べたのでちょっと元気です。
今日は学祭関係、レポート関係でいろんなことをする必要があるのですが、
なんかなんにも進んでいません。
さあ、やろう!
2012年10月14日日曜日
へんなあせ
こんな気持ち久しぶりだなと、感慨を持って感情を迎える。
なんか、くさい文章を書きそうになってとても焦っている。
ひたすら長いチャペルまでの道のりの中でふと、へんなあせがでた。
へんなあせと恥ずかしいから婉曲的にしか表現できないけど。
なんでだろう。
まったく自分が理解できないなあとおもった。
でも理解できなくてもいい。とも思った。
涙が止まらない。
なんか、くさい文章を書きそうになってとても焦っている。
ひたすら長いチャペルまでの道のりの中でふと、へんなあせがでた。
へんなあせと恥ずかしいから婉曲的にしか表現できないけど。
なんでだろう。
まったく自分が理解できないなあとおもった。
でも理解できなくてもいい。とも思った。
涙が止まらない。
2012年9月27日木曜日
2012年8月16日木曜日
感謝!
最近、いろんなことに「ありがたい」って思えるわ〜
なんでかわかんないけど
特に、人と人のつながりに対してね!
出会いや別れは偶然で、また必然でもあるんだけど、
そのなかで、関係性を長く、深く作っていく人間って
健気だなーすごいなーって思う。
なんでかわかんないけど
特に、人と人のつながりに対してね!
出会いや別れは偶然で、また必然でもあるんだけど、
そのなかで、関係性を長く、深く作っていく人間って
健気だなーすごいなーって思う。
2012年8月8日水曜日
2012年7月8日日曜日
トーマス・デモンド展
今日は東京都現代美術館に行ってきました。
やはり、トーマス・デ モンドすごかったなー。
写真しかないのは一回作ったら壊しちゃう かららしい。
曼荼羅みたいだったなあ。ジャーナリスティックなのに。
紙というはかない材料であるところも、曼荼羅みたい 。
現実は流れて変わっていくんだなぁ。
実はペラペラなのかも。
ぱらぱらマンガみたいな。 と思わされたね。というか、言いたかった?
でも、人 間が中にいないと、意味にならないというか、価値がないというか 、社会じゃないというか…
ということを考えたなあ。
2012年3月12日月曜日
3/11の日記
反省しても、後悔しても、残念に思っても、悲しんでも
それは自分のことなのにね。
涙ちょちょぎれるぜ。
すべてがそのことを覆い隠すためにやっていることのように思える。
ときがある。
よ。
そんな今日この頃。
解決?
解消?
進展?
発展?
そんなことっておきるのかな。
という悲観的展望。
悲しみに支配されている。。。?
見えないし、見たくないし。
明日は長居できるところで、本をよもう。
それは自分のことなのにね。
涙ちょちょぎれるぜ。
すべてがそのことを覆い隠すためにやっていることのように思える。
ときがある。
よ。
そんな今日この頃。
解決?
解消?
進展?
発展?
そんなことっておきるのかな。
という悲観的展望。
悲しみに支配されている。。。?
見えないし、見たくないし。
明日は長居できるところで、本をよもう。
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